『平成28年元旦/白日夢』Jackie_mさんの日記

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東十条無頼/ランチ編

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【 挿入画/今頃ですが第42回東京モーターサイクルショー 】

風景はちょっと違うが、山中湖のような天然の、フラットで遠浅の湖の真ん中にいた。
眼前に、鉄塔を展開させて壁にしたような、鉄筋の構造物が聳え立っていて、体には安全帯。この時点で、非常に嫌な予感がする。同じ恰好で、一番向こうには元刑事の女性、私の左隣、真ん中には元プロクライマーの男性、私含め都合三人が並んでいた。
何故か、これから100Mはあろうこの鉄壁を登ることを強制されているという、強烈な自覚に支配されていた。

命綱を締めてくれているスタッフに、私は高いところは苦手で、登りきったとしてもどう考えてもそこから動けなくなるだろうと申し出てみたが、案の定まったくとり合ってはもらえなかった。他の二人がスタートを切り、仕方なく、私も上り始めた

ゆっくりと鉄壁を上りながら、私はこの状況をこんな風に見たてた。或いは、最初から分かっていたことかも知れないが、私の頭の中で組立つストーリーはこうである。

今、私の斜め上を先行してぐいぐいと力強く登ってゆく元女刑事は、過去、或る事件の捜査において、何らか自身の進退に拘わる事態となって警察を追われて退職。同時にその事件に拘わり、その女刑事に人生のすべてを奪われた(と逆恨みした)男が、時を経た現在、特定の人物か、或いはもしかしたら東京かどこか、都市全体までをか人質にとって、今まさにその元女刑事に復讐を果たそうという劇場型の壮大なゲームに、どういうわけか私と、また元クライマーが巻き込まれているのであった。

これはとても、私に解決できる時案ではなかった。
今の私はMI6としての権限や組織的後ろだてが奪われていることも然ることながら、この一件の経緯も落としどころも理解しておらず、何しろこの鉄壁を一歩一歩、他の二人に甚大な遅れをとりながら登っていくことしか出来ず、更に最悪なことは、登りきったとしても足がすくんで身動きすらとれなくなってしまうだろう、ということだ

他の二人が、何度も脚を踏み外しながら、それでも最頂部に立つ姿が遠くに見えた。
私は足こそ踏み外していないが、相当に時間が掛かっていた。何とか這々の体で頂上にたどり着いてみれば、完全に規定時間を遥かに過ぎてゴールを果たしたマラソン選手状態。上から撮影していた外人のTVキャメラマンが、荷物を片付けて現場を去ろうというところ。頂上の梁に投げ出されたキャメラマンの名刺入れ、また革の眼鏡ケースを、よもや手を引っ掛けて落としてしまってはいけないなと、ひどく神経を払ったことが強烈に脳裏に残っている。

キャメラマンは、あんた遅いよと言いたげな表情を浮かべ、湖面100Mの高さの天空をわたす30CM程度の梁の上を、まるで地上のことのように平然と歩いて私から離脱してゆく。あまりの高所に固まって動けない私は、梁にしがみつきながら下を見下ろした。
そこには水面(みなも)を切り裂いて疾るボート上から私を見上げ、とりあえず“この場は”ひと段落したから私は先に進むと、私にアイコンタクトを送る、読売テレビからフリーに転身した辛坊アナウンサーの姿があった

私は辛坊アナに、とり急ぎこの状態を何とかしてくれと叫ぼうとしたが、声が出ないし、出たとしてもあまりに距離が遠過ぎて、要望は伝わらないだろう。

しかし鉄壁の上で途方に暮れていたのは、感覚的にだが、極く僅かの時間だったと思う。直後、私は自分の布団の中で目を覚ました。そして、ああ、夢で良かったと安堵したのも束の間、とんでもないことに気付いてしまったのだ !!

―― ああ、これ初夢んなっちゃったよ ! なんて初夢だ。今年の俺の一年、どうなっちまうんだよ ……

【 以下登場人物解説 】

・元女刑事
→ 私の頭の中にある乃南アサ女史著 「凍える牙」の音道貴子刑事か、野沢尚氏著 「魔笛」のテロリストに転向してしまった元女刑事、その辺りのイメイジが顕れたものと思われる
・元プロクライマー
→ 完全に私の尊敬する志水辰夫氏著 「飢えて狼」の主人公、“わたし”のことであろう。元トップクライマーの過去を持ち、現在は小さな貸しボート屋を細々と営んでいたのだが、なし崩しに国家間の諜報戦に巻き込まれてしまってすべてを失い、しかしそれでもただ一人で国家に抗おうとする孤高の男。私の夢の中で、その活躍する姿を見られなかったことが残念でならない
・辛坊アナウンサー
→ 彼が何故私の夢に出てきたのか、逆にこっちが本人に聞いてみたい
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