連休中のこと、いつもの居酒屋の四川の女の子が、自分は向こう数日間店に出れなくって、そして、自分の誕生日は5月○日だったのだと私の背に呟く。
振り返って「もう過ぎちゃってるじゃん」と私が言うと、女の子は静かにはにかんだ ……
GW最終日に、有楽町のデパートでハンカチを一枚だけ見繕った。
アルバイトの女の子たちの誕生日のたびにいつも選定している西独ディザインの筆記具は、翌日である当日、といってもホンチャンのそれを過ぎてはいるが、私の日常の動線にあるいつも頼もしき多慶屋で調達できることが分かっていた。
ただハンカチだけは、これはバイヤーの力量なのであろうか、良く分からないんだけどセンス良いのを見つけようとしたとき、銀座のほうがより洗練されたものが豊富に並んでるような気がして。
上野よりはね ……(笑)
で、準備万端、意気揚々といつもの居酒屋に乗り込んでみれば、GW明けということがあってか店内はいつもよりもかなり閑散としている模様。
やはり大型連休明けから悠々と飲んでいられる自分は、責任範囲の狭い仕事しか与えられないダメ人間なのであろうかと自分自身疑心暗鬼に陥りつつも、休憩に入ろうとする女の子に、それを手渡すことだけは抜かりはしない
―― 仕事でダメ人間とレッテル貼りされるより(これは会社からということであって、お客さんからではない)、酒場でダメ客とレッテル貼りされることのほうをはるかに恐れる。それが俺だ !!
「ウレシイ ! ハジメテガイコクジンカラプレゼント“持って”アリガトウ」
「俺も初めての外人になれて嬉しい」
休憩室に入った女の子からリアルタイムのLINEが届き、それに返信する。そして休憩から戻ってきたそのChina-girlが、中身を見たよと、私にお礼を告げてきた。
パスポートすら持っていない私だが、生まれて初めて外人になれて素直に嬉しかった。人間であっても宇宙から見れば宇宙人なように、日本人であっても、世界から見れば外人なんだなって。
「エンピツ、ワタシノスキナイロ、ミドリ」
「緑じゃなくって、青ね !」
鉛筆という美しい日本語を久しぶりに聞いた気がする。
それはたっぷりと濃いblueのシャープペンシルであって、女の子が緑というので、いやいや、それは青だよと ! それを数ターン繰り返したら、さすがに少々険悪な雰囲気が漂ってくる(笑)。せっかく女の子が喜んでるんだからそんな細かいこといいだろ ! という考え方もあろうが、それでも固執する。それが俺だ !
とつとして頭上のテレビから、Kiroroの「未来へ」が流れてくる。
(なんつってっけど後から調べて分かっただけで、俺はこの曲をメロディ以外に何も知らなかった)
そういえばChina-girlが、前にやはりこの歌がテレビから流れてきたときにこれは中国の歌だと言ってたよなぁ、と、朧気に思い出したところで ……
「コウライッテシラベテ」
「ん ?」
何を言っているのか分からずにただ戸惑うばかりの私に向かって、China-girlが指をのばしてきたのにはどきりとさせられた。
しかし女の子の指先が目指したのは私ではなく、私のスマホ。その華奢な指先が精密な動きで「後来」と入力し、そのまま検索してみると、そのKiroroとかいうやつの中国のカバー曲が流れはじめた。
女の子はその時点では、その曲が中国人アーチストのオリヂナルではなくって日本から輸入されたものだともう分かっているらしく、もうその辺りの説明の必要はなかった
その流れで、私は“後来”という言葉の意味をスマホにあたってみる。
それは邦題と同じく、“未来”という意味を持つらしい。慌ただしくホールを巡る女の子の落ち着くのを待って、私は英語にも長けているその女の子に問うた。いや、乞うたのだ ! どうしてもそのChina-girlの口から聞きたくて
「後来って未来って意味みたいね。未来って、英語でなんていうの ?」
「Future !!」
Futureを完全に喪失したオトコが、今まさにFutureに溢れる女の子にそれを言わせるのは、悪い冗談か、はたまた崖っぷちの自虐か ……
―― もしもFutureが誰にでも平等に与えられているとしたならば、それでも敢えて俺は飛んでいきたい。過去という名の未来に ……
その夜、というか明け方、私は夢を見た。
覚えているのはそれほど大きくないパブのような建屋の一階で、カーテンをしめきり、闇に息を潜めているところから。おもての街灯にダークシーカー(高速で動き回り、且つ知性を持つ質の悪いゾンビ)の徘徊する影が浮かび上がってる。どうやら我々は、夜行性のそいつらから身を隠して安全になる夜明けを待っているらしい。
私は一人ではなく、数名が同じ空間で身を潜めていた。
ブラックスーツに身を包んだ、名前は出てこないが若手の美人女優がいかにも切れ者そうだった。
そして、キン肉マンたちが助けに来てくれるという情報が入るのと、窓硝子が砕かれてダークシーカーが突入してくるのがほぼ同時に起こった。
切れ者そうだった女優は、そこであっけなく潰された。
私は群れの先頭を切って突っ込んでくる何者か、味方と思しき者たちから兎に角上にのぼれと促され、わけの分からぬままに駆けのぼった。そこは大広間となっていて、どういうわけか宴会の準備が完了されている。
さっきまでゾンビに食うか食われるかだったんだけど(まあ人間がゾンビを食うってことは滅多にないけど)、何故かそこから大宴会が始まった(笑)
やがて大宴会も宴もたけなわ、お開きとなり、私はおもてへ出て鉄道の駅までのバスを待った。
だだっ広い道路。雰囲気は強いて言えば、お台場の、栄えているエリアではなく寂しいところのような、埋立地のそれに似ていた。バスを待つ間にバス賃ぴったりとなるように小銭を握りしめるんだけど、何故だかどうしてもこぼしてしまう。道端に落ちるそれを何度も何度も拾い集めては、ふたたびこぼしてしまってる ……
そのバス停はお店の真ん前であったので、私と同じように酔っ払いがお金を落とすのであろうか、拾い集めるたびに何故か落とした分以上にお金が増えていく気がし、終いには私が財布から出していないお札まで握りしめている始末(笑)。
でも結局はこぼしてしまうので、自分の懐には入らないんだけど ……
そうこうしているうちに、もう何本もバスをやり過ごしてしまった気がする。バスなんかそんなに夜遅くまで運行していないだろうに、まさか最終を逃してはいないだろうか ……
たまらなく憂鬱でたまらなく不安なんだけど、でもよく考えてみたら、夢の中であろうと現実であろうと、どっちにしたって俺の夜はいつも憂鬱だよなって、そのことだけに気付かされた悪夢だった