3回
2026/01 訪問
雪に抱かれ、命を味わう夜。利賀村・L’evo 冬の記憶
越中八尾駅からの送迎車が、雪深い山道を静かに進んでいくにつれ、窓の外の景色は少しずつ音を失っていきました。木々は白く沈黙し、世界は雪と闇と微かな灯りだけで構成されていく。その先に現れたのが、富山県南砺市利賀村に佇むレヴォ(L’evo)でした。標高1000m級の山々に抱かれたこの場所は、まるで俗世から切り離された別世界のようで、しんしんと降る雪の中、建物の窓から漏れる暖かな光が“ここに辿り着いた”という実感を静かに与えてくれます。
前回は昼の訪問でしたが、今回はコテージを予約し、冬の夜のレヴォを味わうための再訪。The Tabelog Award 2026 Silver 受賞という事実以上に、この場所には「わざわざ来る理由」がある。その理由を、今夜は改めて確かめたいという想いで胸が満たされていました。
扉を開けた瞬間、外の冷気とは対照的な、木と火の温もりが身体を包み込みます。店内は木と石を基調にした静謐な空間で、過度な装飾はなく、薪火の気配と料理の存在感だけが際立っています。大きな窓の向こうでは雪が音もなく舞い続け、時間そのものがゆっくりと溶けていくようでした。
テーブル間には十分な距離があり、他のゲストの気配はありながらも干渉しない。オープンキッチンからは薪がはぜる音、スタッフの穏やかな所作が伝わり、空間全体がひとつの呼吸で動いているように感じられます。ここでは、食事は単なる行為ではなく、“土地と向き合う時間”なのだと、自然と背筋が伸びました。
食前酒として供されたのは、隣町・福光町で麹から仕込まれたノンアルコールの甘酒。すっきりとした甘さが、これから始まる物語の扉を静かに開いてくれます。
〜プロローグ〜
「ビーツとL’evo鶏のレバームース」
濃いピンクのビーツメレンゲが黒い器の上で鮮烈に浮かび上がり、まるで序章の幕を開く光のように視覚を揺さぶります。指先で触れれば壊れてしまいそうな軽さの中に、ビーツ特有の土の香りとほのかな甘みが潜み、その間に挟まれたレバームースは、エシャロットや赤ポルト酒、コニャックを煮詰めた芳醇な香りがふわりと立ち上がります。口に含むと空気のようにほどけ、軽さと濃厚さが交互に語りかけてくるようです。
噛み進めるほどにレバーの深みが静かに広がり、カカオニブの香ばしさが土壌の記憶を添えます。甘みと苦み、軽さと重さが交差し、ひと口ごとに緊張と調和が生まれる。視覚・香り・味覚が一体となり、まるで静謐な詩を読むような余韻が残る。前菜でありながら、心の奥にそっと灯りをともすような、忘れがたい一皿です。
「甘鯛のクロケット」
深い森の奥でひっそりと光る宝石のように、緑の球体が黒い器の中央に佇みます。パセリとパン粉の衣は香ばしく、サクッと軽やかに崩れた瞬間、甘鯛のフィレとじゃがいも、ニンニク、オリーブオイルが一体となった温かな旨味がふわりと広がります。外の香ばしさと中のしっとり感、その対比が心地よく、まるで森の中で焚き火に手をかざすような安堵を覚えます。
頂に添えられたニンニクのクリームソースはまろやかで、ノコギリ草の青い香りが余韻に静けさを添えます。緑の濃淡と白の柔らかさが織りなす景色は、視覚だけでなく香りにも奥行きを与え、ひと口ごとに風景が変わるようでした。構造、香り、温度、食感が緻密に設計され、静謐で力強い印象を残す、完成度の高い一皿です。
「山羊のチーズのグジェール」
小さなプチシューの上に削りかけられた山羊のチーズが、まるで初雪のようにふわりと積もり、黒い器の上で静かに輝きます。シュー生地は軽やかで、ひと口かじると中から山羊のチーズのコクと、満寿泉の酒粕が溶け合ったクリームがふわりと広がります。発酵の甘やかな香りが鼻に抜け、乳の酸味と酒粕の深みが交差する瞬間、どこか懐かしい温もりが胸に灯ります。
フランスの伝統菓子に日本の風土が静かに息づき、香り・食感・味わいが一体となって記憶を揺らします。小さなひと皿でありながら、土地と技術、そして時間の積み重ねを感じさせる奥行きがあり、食べ終えたあとも余韻が長く続く。まるで冬の朝の静けさを閉じ込めたような、心に残る前菜です。
「牡蠣のベニエ」
黒い器に置かれた牡蠣の殻。その中に収まる黄金色のベニエは、まるで海の記憶をそのまま閉じ込めた宝石のようです。富山・入善町の海洋深層水で仕込まれた牡蠣は、薪火で燻されることで香ばしさと海の旨みが凝縮し、さらに油で揚げることで外はカリッと、中はじゅわっと旨みが滲み出します。噛むほどに深い余韻が広がり、潮風の記憶がふと蘇るような感覚に包まれます。
殻の白、衣の黄金、器の黒が織りなすコントラストが美しく、視覚・香り・味覚が一体となって“海と火の対話”を描きます。薪火の燻香が鼻に抜け、海洋深層水の丸みある塩味が旨みを支え、揚げの技がそのすべてを包み込む。静かで力強く、心に深く刻まれる一皿で、食べ終えたあとも海の余韻が静かに残ります。
「甘海老タルタルのブリオッシュ」
クネル状に整えられた甘海老のタルタルは、淡い光を宿した彫刻のように美しく、まずその造形に心を奪われます。口に含むと驚くほど滑らかで、富山の甘海老ならではの濃厚な甘みがふわりと広がります。下に敷かれたブリオッシュの香ばしさとサワークリームの酸味が、甘海老の旨味を優しく押し上げ、味の輪郭を整えてくれます。
上に添えられたツリーケールのほろ苦さ、タピオカの透明感ある食感、ガス海老の力強い風味が重なり、味の層が立体的に広がります。セロリのピューレが全体を清涼にまとめ、海と大地の息遣いが静かに響く。ひと口ごとに景色が変わるような奥行きがあり、前菜でありながら心を深く揺さぶる存在感を放つ一皿です。
〜カワハギ〜
素焼きの器の中央にまず目を奪うのは、野草タネツケバナの細くしなやかな姿です。野に揺れる息づかいをそのまま閉じ込めたような佇まいが、皿全体に静かな緊張感をもたらします。その足元には、肝をベースに胡桃・松の実・胡麻をローストして合わせたソースがとろりと広がり、粒子の輝きが香ばしさを視覚にまで伝えます。西洋わさびの白が鋭いアクセントとして差し込み、香りに凛とした輪郭を与える。最下層には昆布じめされたカワハギの白身が静かに横たわり、淡い艶と透明感が器の中に静謐な余白をつくります。
木のスプーンを差し込むと、肝と木の実のペーストはしっとりと柔らかく、ほんのりとした粘り気を残しながらも軽やかにすくえます。口に含むと胡桃や松の実の香ばしさがふわりと立ち上がり、肝の濃厚さと昆布じめの旨味が静かに重なります。西洋わさびの鋭い香りが鼻を抜け、タネツケバナの青さが余韻に寄り添い、海と森の香りがひと匙の中で共鳴する。食材の背景と技が織りなす風景が舌の上に広がり、記憶に深く刻まれる一皿です。
〜白子〜
灰色の陶器皿の上にふっくらと並ぶ白子は、表面にわずかな火が入り、中心はほぼ生のまま。艶やかで柔らかな質感が、見るだけでクリーミーさを伝えてきます。周囲には百合根が花びらのように散りばめられ、ところどころに焦がした柚子の粉が舞うように添えられています。中央には蕪のピューレが淡い緑のソースとして広がり、白と淡緑、焦げ茶の粒子が冬の森の静けさを思わせる佇まいをつくり出しています。
口に含むと、最小限の火入れによって白子はとろけるようなクリーミーさを保ち、百合根のほのかな甘みが優しく寄り添います。焦がした柚子の香ばしさが香りに奥行きを与え、蕪のピューレが全体を穏やかにまとめ上げる。温度・香り・質感が繊細に交差し、冬の静けさと滋味が一皿に凝縮されたような印象です。余韻には柚子の焦げ香が静かに残り、心にそっと刻まれる味わいです。
〜月ノ輪熊〜
深みのある器の中央に、薪火で焼かれた月ノ輪熊の赤身が静かに佇みます。表面には香ばしい焼き目が入り、中心はしっとりと赤みを残した火入れ。その下には熊の骨からとったコンソメのジュレが淡く広がり、命の記憶が静かに器を満たします。脇には野草アザミのペーストが濃い緑で添えられ、森の香りとほろ苦さが皿に深みを与える。白いしめじと菊芋の輪切りが土の香りと食感を添え、森の命と火の技術が一皿に凝縮された構成です。
専属の猟師が仕留め、レヴォの熟成室で時間をかけて整えられた赤身は、薪火の香ばしさと野性の旨味が重なり、噛むほどに深い余韻が広がります。ジュレは熊の骨の滋味が凝縮され、静かに全体を包み込む。アザミのほろ苦さが森の気配を立ち上げ、白しめじと菊芋の異なる食感が土壌の記憶を添える。火と命、森と時間が交差する、静謐で力強い一皿です。
〜水蛸〜
白い皿の上に灰青色の薄いスライスが折り重なるように並び、その質感はまるで花びらのように繊細。富山の水蛸の足を皮と吸盤を外して薄くスライスし、炭と木の香りを纏わせたものです。内側にはシャキシャキとしたソーメンカボチャと水蛸の吸盤が隠れ、構造的にも味覚的にも奥行きが生まれています。上からは紫蘇のオイルが静かに垂らされ、緑の光が皿に香りと彩りを添える。海の静けさと森の香りが交差するような、詩的な佇まいです。
口に含むと、炭の香ばしさと木の香りが水蛸に静かに染み込み、紫蘇オイルの爽やかな香りがふわりと立ち上がります。中に仕込まれたソーメンカボチャはシャキシャキと軽やかで、水蛸の吸盤はコリッとした歯応えが心地よい。香り・食感・温度が三位一体となり、ひと皿の中に海と山の対話が生まれる。静かでありながら力強い余韻が残り、記憶に深く刻まれる一品です。
〜アオリイカ〜
深みのある器の中央に、細切りにされたアオリイカの胴体と足が巻かれ、炙られて淡く色づいた線が浮かび上がります。その隣には同じく細切りにされたマコモダケが寄り添います。全体を包むようにアサリの泡ソースがふんわりと広がり、貝の旨みと生クリームのなめらかさが視覚にも柔らかさを与える。仕上げの金ゴマが香ばしさと輝きを添え、細切りという統一された造形が素材の個性を際立たせています。
アオリイカは炙りによって香ばしさが立ち、細切りの食感が心地よく弾みます。マコモダケはシャキッとした歯応えと青みのある香りで、海と陸の対話を生む。周囲のアサリの泡ソースは貝の旨みと生クリームのまろやかさが溶け合い、全体を包み込むように調和させる。金ゴマの香ばしさが余韻に残り、構造・香り・食感が三位一体となった、静かで力強い一皿です。
〜大門素麺〜
素朴な器の中に、大門素麺の半生麺が白くしなやかにたゆたい、その細さと柔らかさが春の風のように軽やかです。スープは鶏の出汁をベースに山羊のチーズのコクが溶け込んだ乳白色で、香りは穏やかで深い。表面にはふきのとうのオイルが淡い緑の光を差し込み、春の苦みと香りが立ち上がります。器の縁に散らされた黒胡椒が香りに緊張感を添え、土地の特産と季節の兆しが一体となった静謐な構成です。
半生麺は乾麺とは異なるしなやかさと柔らかさがあり、口当たりが優しい。鶏のスープは澄んだ旨味があり、山羊のチーズが奥行きを深める。ふきのとうのオイルは春の苦みと青さを香りとして立ち上げ、全体に季節の輪郭を与える。素麺・スープ・香りが三位一体となり、土地の記憶と季節の気配が静かに溶け合う。締めにふさわしい、穏やかで余韻の長い一皿です。
〜L’evo鶏〜
黒い器の中央に黄金色に焼き上げられた鶏のもも肉が堂々と置かれ、皮目はパリパリと音を立てそうなほど香ばしく、焼き色の陰影が美しい。内部には月ノ輪熊の油と内臓の出汁、鶏の出汁で炊き上げたうるち米が詰められ、命の記憶が肉の中に静かに宿ります。中央には和がらしのソースが一筋添えられ、黄色の光が香りに緊張感を与える。器の黒と肉の黄金、ソースの黄が響き合い、構造・香り・視覚すべてが主役の風格を備えています。
若鶏は皮目がパリッと香ばしく、噛むと肉の旨味が凝縮されている。詰め物のご飯は熊の油と内臓の出汁、鶏の旨味が重なり、米一粒一粒に命の記憶が染み込む。和がらしのソースは香りに鋭さと余韻の緊張感を与え、肉と米の濃厚さを引き締める。火入れ・香り・構造が三位一体となり、レヴォの精神が皿の中に凝縮されたような一品です。
〜赤蕪〜
透明なガラス皿の中央に赤蕪の断面が静かに現れ、腐葉土で固めて塩釜焼きにしたことで表面はわずかに焼き色を帯び、内側は瑞々しく白から紅への美しいグラデーションを描きます。周囲には緑がかったハーブの乳化ソースが柔らかく広がり、香りと色彩に深みを添える。赤蕪の上にはペッパークレスが一筋立ち上がり、香りにスパイスの緊張感を加える。皿の縁には花や新芽が添えられ、春の兆しや再生の気配を感じさせる佇まいです。
塩釜焼きにした赤蕪は土の香りと塩の旨みが染み込み、噛むほどに滋味が広がる。ハーブの乳化ソースは柔らかな酸味と香りが赤蕪の甘みを引き立て、ペッパークレスのスパイシーな香りが余韻に緊張感を与える。花や新芽は視覚だけでなく、口に含むと春の青さを感じさせ、皿全体が“土から芽吹く命”を語りかけてくる。静謐で力強い、記憶に残る一品です。
〜サワラ〜
木のプレートの右側に、炭火でじっくり焼き上げられたサワラが葉に包まれて佇みます。表面は香ばしく焼き色が入り、身はしっとりと艶やか。マリネに使われたソーテルヌワインの甘やかな香りが炭の香ばしさと重なり、深い余韻を生みます。左側には燻製されたトマトが小さく盛られ、赤の艶とスモーキーな香りが皿にアクセントを添えます。サワラの上にはディルの繊細な葉が一筋添えられ、香りに清涼感と立体感を加えます。
ソーテルヌワインでマリネされたサワラは、炭火の香ばしさと甘やかな香りが重なり、口に含むとしっとりとした旨味が広がる。燻製トマトは酸味とスモーキーさが際立ち、サワラの脂と香りに対して鮮やかな対比を生む。ディルの青い香りが余韻に清涼感を添え、火入れ・香り・酸味が三位一体となった一皿。海の恵みと火の技術が静かに語りかけてくるような、記憶に残る味わいです。
〜猪〜
黒い陶器皿の中央に薪火でローストされた猪肉がしっとりと佇みます。外側は香ばしく焼き色が入り、中心は淡く赤みを残した火入れ。肉の下には猪・鹿・熊を合わせた濃厚なジビエソースが静かに広がり、深い褐色が皿に重厚な余白を生みます。脇には富山のほうれん草が鮮やかな緑で添えられ、舞茸の香ばしい焼き目が森の気配が、火と命、森と技術が一皿に凝縮された構成です。
専属の猟師が仕留め、レヴォの熟成室で丁寧に熟成された猪肉は、薪火の香ばしさと野性の旨味が重なり、噛むほどに深みが広がる。ジビエソースは猪・鹿・熊の命が溶け合い、複雑で力強い余韻を残す。ほうれん草は青さと甘みが際立ち、舞茸の香ばしさが森の記憶を呼び起こす。火入れ・香り・命の重なりが静かに語りかけてくるような、心に残る一皿です。
〜苺〜
透明な器の中に淡い紅色のイチゴのシャーベットが中心に盛られ、その冷たさと滑らかさが視覚的にも伝わってきます。周囲には鮮やかな金柑のソースが柔らかく広がり、黄色の光が皿に温もりを添える。シャーベットの周囲には薄くスライスされたイチゴが甘細工として立体的にあしらわれ、花びらのように舞う。小さなハーブや花が軽やかに添えられ、春の庭のような佇まいが完成しています。
口に含むとシャーベットはすっと溶け、イチゴの甘酸っぱさが広がる。金柑のソースは柑橘の爽やかさとほのかな苦味がアクセントとなり、シャーベットの甘みを引き締める。スライスされたイチゴの甘細工は香りと食感に軽やかな変化を与え、視覚的にも味覚的にも遊び心を感じさせる。春の果実が戯れるような、香りと造形の一皿です。
〜あんぽ柿〜
器の中央にさくさく村のあんぽ柿がしっとりと佇み、干し柿特有の艶と濃厚な橙が冬の果実の記憶を呼び起こします。その上にはマスカルポーネチーズのムースがふんわりと盛られ、乳の柔らかさが柿の濃密な甘さを優しく包み込む。周囲にはリコッタチーズの白いパウダーアイスが雪のように舞い、冷たさと酸味が静かに広がります。さらに黄色い柚子パウダーが光の粒のように散りばめられ、香りに爽やかな立ち上がりを添える。冬の果実と乳が戯れる、詩的な佇まいです。
口に含むと、あんぽ柿の濃厚な甘みがまず広がり、マスカルポーネのコクがその甘さをふわりと包み込む。リコッタのパウダーアイスは冷たく軽やかで、ほのかな酸味が全体を引き締める。柚子のパウダーが香りに明るい光を差し込み、余韻に爽やかさを残す。甘み・酸味・香りが三重奏のように重なり、冬の午後の静けさと幸福感を思わせる一皿でした。
飲み物と小菓子
食後のコーヒーは、深い焙煎香が静かに立ち上がり、コース全体の余韻を穏やかに整えてくれる存在です。そこに寄り添う小菓子たちは、まるで最後の章を飾る短い詩のように、それぞれが異なる香りと質感を持ちながらも、ひとつの物語としてまとまっています。エゴマのフィナンシェは香ばしく、木苺とミルクの生キャラメルは甘酸っぱさと乳の優しさが溶け合う。りんごのタルトは果実の甘みと生地の香ばしさが心地よく、桑茶のシューアイスは和の香りがふわりと広がる。棒茶のタルトレットは香ばしさとほろ苦さが余韻を締めくくる。
ひとつひとつが小さな世界を持ちながら、コース全体の記憶を優しくまとめ上げる役割を果たしている。甘さだけでなく、香り・温度・質感が繊細に重なり、最後の一口まで“レヴォらしさ”が息づいている。食後の静かな時間に寄り添い、心をそっと落ち着かせてくれる、優しい締めくくりです。
レヴォは、ここでしか食べられない料理がある場所であり、ここでしか味わえない時間が流れる場所です。不便さも含めて旅であり、その先に待つ体験が、人生の一瞬を豊かにしてくれる。雪の利賀村で過ごしたこの夜は、きっとまた別の季節に思い出し、再訪を誓うための記憶として、静かに心に積もっていくのだと思います。
越中八尾駅からの送迎車が、雪深い山道を静かに進んでいくにつれ、窓の外の景色は少しずつ音を失っていきました。木々は白く沈黙し、世界は雪と闇と微かな灯りだけで構成されていく。
その先に現れたのが、富山県南砺市利賀村に佇むレヴォ(L’evo)でした。標高1000m級の山々に抱かれたこの場所は、まるで俗世から切り離された別世界のようで、しんしんと降る雪の中、建物の窓から漏れる暖かな光が“ここに辿り着いた”という実感を静かに与えてくれます。
前回は昼の訪問でしたが、今回はコテージを予約し、冬の夜のレヴォを味わうための再訪。The Tabelog Award 2026 Silver 受賞という事実以上に、この場所には「わざわざ来る理由」がある。その理由を、今夜は改めて確かめたいという想いで胸が満たされていました。
扉を開けた瞬間、外の冷気とは対照的な、木と火の温もりが身体を包み込みます。店内は木と石を基調にした静謐な空間で、過度な装飾はなく、薪火の気配と料理の存在感だけが際立っています。
大きな窓の向こうでは雪が音もなく舞い続け、時間そのものがゆっくりと溶けていくようでした。
テーブル間には十分な距離があり、他のゲストの気配はありながらも干渉しない。オープンキッチンからは薪がはぜる音、スタッフの穏やかな所作が伝わり、空間全体がひとつの呼吸で動いているように感じられます。ここでは、食事は単なる行為ではなく、“土地と向き合う時間”なのだと、自然と背筋が伸びました。
食前酒として供されたのは、隣町・福光町で麹から仕込まれたノンアルコールの甘酒。すっきりとした甘さが、これから始まる物語の扉を静かに開いてくれます。
〜プロローグ〜
「ビーツとL’evo鶏のレバームース」
濃いピンクのビーツメレンゲが黒い器の上で鮮烈に浮かび上がり、まるで序章の幕を開く光のように視覚を揺さぶります。指先で触れれば壊れてしまいそうな軽さの中に、ビーツ特有の土の香りとほのかな甘みが潜み、その間に挟まれたレバームースは、エシャロットや赤ポルト酒、コニャックを煮詰めた芳醇な香りがふわりと立ち上がります。口に含むと空気のようにほどけ、軽さと濃厚さが交互に語りかけてくるようです。
噛み進めるほどにレバーの深みが静かに広がり、カカオニブの香ばしさが土壌の記憶を添えます。甘みと苦み、軽さと重さが交差し、ひと口ごとに緊張と調和が生まれる。視覚・香り・味覚が一体となり、まるで静謐な詩を読むような余韻が残る。前菜でありながら、心の奥にそっと灯りをともすような、忘れがたい一皿です。
「甘鯛のクロケット」
深い森の奥でひっそりと光る宝石のように、緑の球体が黒い器の中央に佇みます。パセリとパン粉の衣は香ばしく、サクッと軽やかに崩れた瞬間、甘鯛のフィレとじゃがいも、ニンニク、オリーブオイルが一体となった温かな旨味がふわりと広がります。外の香ばしさと中のしっとり感、その対比が心地よく、まるで森の中で焚き火に手をかざすような安堵を覚えます。
頂に添えられたニンニクのクリームソースはまろやかで、ノコギリ草の青い香りが余韻に静けさを添えます。緑の濃淡と白の柔らかさが織りなす景色は、視覚だけでなく香りにも奥行きを与え、ひと口ごとに風景が変わるようでした。構造、香り、温度、食感が緻密に設計され、静謐で力強い印象を残す、完成度の高い一皿です。
「山羊のチーズのグジェール」
小さなプチシューの上に削りかけられた山羊のチーズが、まるで初雪のようにふわりと積もり、黒い器の上で静かに輝きます。シュー生地は軽やかで、ひと口かじると中から山羊のチーズのコクと、満寿泉の酒粕が溶け合ったクリームがふわりと広がります。発酵の甘やかな香りが鼻に抜け、乳の酸味と酒粕の深みが交差する瞬間、どこか懐かしい温もりが胸に灯ります。
フランスの伝統菓子に日本の風土が静かに息づき、香り・食感・味わいが一体となって記憶を揺らします。小さなひと皿でありながら、土地と技術、そして時間の積み重ねを感じさせる奥行きがあり、食べ終えたあとも余韻が長く続く。まるで冬の朝の静けさを閉じ込めたような、心に残る前菜です。
「牡蠣のベニエ」
黒い器に置かれた牡蠣の殻。その中に収まる黄金色のベニエは、まるで海の記憶をそのまま閉じ込めた宝石のようです。富山・入善町の海洋深層水で仕込まれた牡蠣は、薪火で燻されることで香ばしさと海の旨みが凝縮し、さらに油で揚げることで外はカリッと、中はじゅわっと旨みが滲み出します。噛むほどに深い余韻が広がり、潮風の記憶がふと蘇るような感覚に包まれます。
殻の白、衣の黄金、器の黒が織りなすコントラストが美しく、視覚・香り・味覚が一体となって“海と火の対話”を描きます。薪火の燻香が鼻に抜け、海洋深層水の丸みある塩味が旨みを支え、揚げの技がそのすべてを包み込む。静かで力強く、心に深く刻まれる一皿で、食べ終えたあとも海の余韻が静かに残ります。
「甘海老タルタルのブリオッシュ」
クネル状に整えられた甘海老のタルタルは、淡い光を宿した彫刻のように美しく、まずその造形に心を奪われます。口に含むと驚くほど滑らかで、富山の甘海老ならではの濃厚な甘みがふわりと広がります。下に敷かれたブリオッシュの香ばしさとサワークリームの酸味が、甘海老の旨味を優しく押し上げ、味の輪郭を整えてくれます。
上に添えられたツリーケールのほろ苦さ、タピオカの透明感ある食感、ガス海老の力強い風味が重なり、味の層が立体的に広がります。セロリのピューレが全体を清涼にまとめ、海と大地の息遣いが静かに響く。ひと口ごとに景色が変わるような奥行きがあり、前菜でありながら心を深く揺さぶる存在感を放つ一皿です。
〜カワハギ〜
素焼きの器の中央にまず目を奪うのは、野草タネツケバナの細くしなやかな姿です。
野に揺れる息づかいをそのまま閉じ込めたような佇まいが、皿全体に静かな緊張感をもたらします。
その足元には、肝をベースに胡桃・松の実・胡麻をローストして合わせたソースがとろりと広がり、粒子の輝きが香ばしさを視覚にまで伝えます。
西洋わさびの白が鋭いアクセントとして差し込み、香りに凛とした輪郭を与える。最下層には昆布じめされたカワハギの白身が静かに横たわり、淡い艶と透明感が器の中に静謐な余白をつくります。
木のスプーンを差し込むと、肝と木の実のペーストはしっとりと柔らかく、ほんのりとした粘り気を残しながらも軽やかにすくえます。口に含むと胡桃や松の実の香ばしさがふわりと立ち上がり、肝の濃厚さと昆布じめの旨味が静かに重なります。西洋わさびの鋭い香りが鼻を抜け、タネツケバナの青さが余韻に寄り添い、海と森の香りがひと匙の中で共鳴する。食材の背景と技が織りなす風景が舌の上に広がり、記憶に深く刻まれる一皿です。
〜白子〜
灰色の陶器皿の上にふっくらと並ぶ白子は、表面にわずかな火が入り、中心はほぼ生のまま。艶やかで柔らかな質感が、見るだけでクリーミーさを伝えてきます。周囲には百合根が花びらのように散りばめられ、ところどころに焦がした柚子の粉が舞うように添えられています。中央には蕪のピューレが淡い緑のソースとして広がり、白と淡緑、焦げ茶の粒子が冬の森の静けさを思わせる佇まいをつくり出しています。
口に含むと、最小限の火入れによって白子はとろけるようなクリーミーさを保ち、百合根のほのかな甘みが優しく寄り添います。焦がした柚子の香ばしさが香りに奥行きを与え、蕪のピューレが全体を穏やかにまとめ上げる。温度・香り・質感が繊細に交差し、冬の静けさと滋味が一皿に凝縮されたような印象です。余韻には柚子の焦げ香が静かに残り、心にそっと刻まれる味わいです。
〜月ノ輪熊〜
深みのある器の中央に、薪火で焼かれた月ノ輪熊の赤身が静かに佇みます。
表面には香ばしい焼き目が入り、中心はしっとりと赤みを残した火入れ。その下には熊の骨からとったコンソメのジュレが淡く広がり、命の記憶が静かに器を満たします。
脇には野草アザミのペーストが濃い緑で添えられ、森の香りとほろ苦さが皿に深みを与える。白いしめじと菊芋の輪切りが土の香りと食感を添え、森の命と火の技術が一皿に凝縮された構成です。
専属の猟師が仕留め、レヴォの熟成室で時間をかけて整えられた赤身は、薪火の香ばしさと野性の旨味が重なり、噛むほどに深い余韻が広がります。ジュレは熊の骨の滋味が凝縮され、静かに全体を包み込む。アザミのほろ苦さが森の気配を立ち上げ、白しめじと菊芋の異なる食感が土壌の記憶を添える。火と命、森と時間が交差する、静謐で力強い一皿です。
〜水蛸〜
白い皿の上に灰青色の薄いスライスが折り重なるように並び、その質感はまるで花びらのように繊細。
富山の水蛸の足を皮と吸盤を外して薄くスライスし、炭と木の香りを纏わせたものです。
内側にはシャキシャキとしたソーメンカボチャと水蛸の吸盤が隠れ、構造的にも味覚的にも奥行きが生まれています。上からは紫蘇のオイルが静かに垂らされ、緑の光が皿に香りと彩りを添える。海の静けさと森の香りが交差するような、詩的な佇まいです。
口に含むと、炭の香ばしさと木の香りが水蛸に静かに染み込み、紫蘇オイルの爽やかな香りがふわりと立ち上がります。中に仕込まれたソーメンカボチャはシャキシャキと軽やかで、水蛸の吸盤はコリッとした歯応えが心地よい。香り・食感・温度が三位一体となり、ひと皿の中に海と山の対話が生まれる。静かでありながら力強い余韻が残り、記憶に深く刻まれる一品です。
〜アオリイカ〜
深みのある器の中央に、細切りにされたアオリイカの胴体と足が巻かれ、炙られて淡く色づいた線が浮かび上がります。
その隣には同じく細切りにされたマコモダケが寄り添います。全体を包むようにアサリの泡ソースがふんわりと広がり、貝の旨みと生クリームのなめらかさが視覚にも柔らかさを与える。仕上げの金ゴマが香ばしさと輝きを添え、細切りという統一された造形が素材の個性を際立たせています。
アオリイカは炙りによって香ばしさが立ち、細切りの食感が心地よく弾みます。マコモダケはシャキッとした歯応えと青みのある香りで、海と陸の対話を生む。周囲のアサリの泡ソースは貝の旨みと生クリームのまろやかさが溶け合い、全体を包み込むように調和させる。金ゴマの香ばしさが余韻に残り、構造・香り・食感が三位一体となった、静かで力強い一皿です。
〜大門素麺〜
素朴な器の中に、大門素麺の半生麺が白くしなやかにたゆたい、その細さと柔らかさが春の風のように軽やかです。
スープは鶏の出汁をベースに山羊のチーズのコクが溶け込んだ乳白色で、香りは穏やかで深い。表面にはふきのとうのオイルが淡い緑の光を差し込み、春の苦みと香りが立ち上がります。器の縁に散らされた黒胡椒が香りに緊張感を添え、土地の特産と季節の兆しが一体となった静謐な構成です。
半生麺は乾麺とは異なるしなやかさと柔らかさがあり、口当たりが優しい。鶏のスープは澄んだ旨味があり、山羊のチーズが奥行きを深める。ふきのとうのオイルは春の苦みと青さを香りとして立ち上げ、全体に季節の輪郭を与える。素麺・スープ・香りが三位一体となり、土地の記憶と季節の気配が静かに溶け合う。締めにふさわしい、穏やかで余韻の長い一皿です。
〜L’evo鶏〜
黒い器の中央に黄金色に焼き上げられた鶏のもも肉が堂々と置かれ、皮目はパリパリと音を立てそうなほど香ばしく、焼き色の陰影が美しい。
内部には月ノ輪熊の油と内臓の出汁、鶏の出汁で炊き上げたうるち米が詰められ、命の記憶が肉の中に静かに宿ります。中央には和がらしのソースが一筋添えられ、黄色の光が香りに緊張感を与える。器の黒と肉の黄金、ソースの黄が響き合い、構造・香り・視覚すべてが主役の風格を備えています。
若鶏は皮目がパリッと香ばしく、噛むと肉の旨味が凝縮されている。詰め物のご飯は熊の油と内臓の出汁、鶏の旨味が重なり、米一粒一粒に命の記憶が染み込む。和がらしのソースは香りに鋭さと余韻の緊張感を与え、肉と米の濃厚さを引き締める。火入れ・香り・構造が三位一体となり、レヴォの精神が皿の中に凝縮されたような一品です。
〜赤蕪〜
透明なガラス皿の中央に赤蕪の断面が静かに現れ、腐葉土で固めて塩釜焼きにしたことで表面はわずかに焼き色を帯び、内側は瑞々しく白から紅への美しいグラデーションを描きます。
周囲には緑がかったハーブの乳化ソースが柔らかく広がり、香りと色彩に深みを添える。赤蕪の上にはペッパークレスが一筋立ち上がり、香りにスパイスの緊張感を加える。皿の縁には花や新芽が添えられ、春の兆しや再生の気配を感じさせる佇まいです。
塩釜焼きにした赤蕪は土の香りと塩の旨みが染み込み、噛むほどに滋味が広がる。ハーブの乳化ソースは柔らかな酸味と香りが赤蕪の甘みを引き立て、ペッパークレスのスパイシーな香りが余韻に緊張感を与える。花や新芽は視覚だけでなく、口に含むと春の青さを感じさせ、皿全体が“土から芽吹く命”を語りかけてくる。静謐で力強い、記憶に残る一品です。
〜サワラ〜
木のプレートの右側に、炭火でじっくり焼き上げられたサワラが葉に包まれて佇みます。
表面は香ばしく焼き色が入り、身はしっとりと艶やか。マリネに使われたソーテルヌワインの甘やかな香りが炭の香ばしさと重なり、深い余韻を生みます。
左側には燻製されたトマトが小さく盛られ、赤の艶とスモーキーな香りが皿にアクセントを添えます。
サワラの上にはディルの繊細な葉が一筋添えられ、香りに清涼感と立体感を加えます。
ソーテルヌワインでマリネされたサワラは、炭火の香ばしさと甘やかな香りが重なり、口に含むとしっとりとした旨味が広がる。燻製トマトは酸味とスモーキーさが際立ち、サワラの脂と香りに対して鮮やかな対比を生む。ディルの青い香りが余韻に清涼感を添え、火入れ・香り・酸味が三位一体となった一皿。海の恵みと火の技術が静かに語りかけてくるような、記憶に残る味わいです。
〜猪〜
黒い陶器皿の中央に薪火でローストされた猪肉がしっとりと佇みます。外側は香ばしく焼き色が入り、中心は淡く赤みを残した火入れ。
肉の下には猪・鹿・熊を合わせた濃厚なジビエソースが静かに広がり、深い褐色が皿に重厚な余白を生みます。
脇には富山のほうれん草が鮮やかな緑で添えられ、舞茸の香ばしい焼き目が森の気配が、火と命、森と技術が一皿に凝縮された構成です。
専属の猟師が仕留め、レヴォの熟成室で丁寧に熟成された猪肉は、薪火の香ばしさと野性の旨味が重なり、噛むほどに深みが広がる。ジビエソースは猪・鹿・熊の命が溶け合い、複雑で力強い余韻を残す。ほうれん草は青さと甘みが際立ち、舞茸の香ばしさが森の記憶を呼び起こす。火入れ・香り・命の重なりが静かに語りかけてくるような、心に残る一皿です。
〜苺〜
透明な器の中に淡い紅色のイチゴのシャーベットが中心に盛られ、その冷たさと滑らかさが視覚的にも伝わってきます。
周囲には鮮やかな金柑のソースが柔らかく広がり、黄色の光が皿に温もりを添える。シャーベットの周囲には薄くスライスされたイチゴが甘細工として立体的にあしらわれ、花びらのように舞う。小さなハーブや花が軽やかに添えられ、春の庭のような佇まいが完成しています。
口に含むとシャーベットはすっと溶け、イチゴの甘酸っぱさが広がる。金柑のソースは柑橘の爽やかさとほのかな苦味がアクセントとなり、シャーベットの甘みを引き締める。スライスされたイチゴの甘細工は香りと食感に軽やかな変化を与え、視覚的にも味覚的にも遊び心を感じさせる。春の果実が戯れるような、香りと造形の一皿です。
〜あんぽ柿〜
器の中央にさくさく村のあんぽ柿がしっとりと佇み、干し柿特有の艶と濃厚な橙が冬の果実の記憶を呼び起こします。
その上にはマスカルポーネチーズのムースがふんわりと盛られ、乳の柔らかさが柿の濃密な甘さを優しく包み込む。
周囲にはリコッタチーズの白いパウダーアイスが雪のように舞い、冷たさと酸味が静かに広がります。さらに黄色い柚子パウダーが光の粒のように散りばめられ、香りに爽やかな立ち上がりを添える。冬の果実と乳が戯れる、詩的な佇まいです。
口に含むと、あんぽ柿の濃厚な甘みがまず広がり、マスカルポーネのコクがその甘さをふわりと包み込む。リコッタのパウダーアイスは冷たく軽やかで、ほのかな酸味が全体を引き締める。柚子のパウダーが香りに明るい光を差し込み、余韻に爽やかさを残す。甘み・酸味・香りが三重奏のように重なり、冬の午後の静けさと幸福感を思わせる一皿でした。
飲み物と小菓子
食後のコーヒーは、深い焙煎香が静かに立ち上がり、コース全体の余韻を穏やかに整えてくれる存在です。そこに寄り添う小菓子たちは、まるで最後の章を飾る短い詩のように、それぞれが異なる香りと質感を持ちながらも、ひとつの物語としてまとまっています。
エゴマのフィナンシェは香ばしく
木苺とミルクの生キャラメルは甘酸っぱさと乳の優しさが溶け合う。
りんごのタルトは果実の甘みと生地の香ばしさが心地よく
桑茶のシューアイスは和の香りがふわりと広がる
棒茶のタルトレットは香ばしさとほろ苦さが余韻を締めくくる
ひとつひとつが小さな世界を持ちながら、コース全体の記憶を優しくまとめ上げる役割を果たしている。甘さだけでなく、香り・温度・質感が繊細に重なり、最後の一口まで“レヴォらしさ”が息づいている。食後の静かな時間に寄り添い、心をそっと落ち着かせてくれる、優しい締めくくりです。
レヴォは、ここでしか食べられない料理がある場所であり、ここでしか味わえない時間が流れる場所です。不便さも含めて旅であり、その先に待つ体験が、人生の一瞬を豊かにしてくれる。雪の利賀村で過ごしたこの夜は、きっとまた別の季節に思い出し、再訪を誓うための記憶として、静かに心に積もっていくのだと思います。
2026/01/31 更新
2024/11 訪問
郷土と自然を味わう創作料理の極み「レヴォ(L'evo)」での美食の旅
秋が深まり、彩り豊かな紅葉が山々を染め上げるころ、長らく訪れたいと思っていた富山県南砺市利賀村のレストラン「レヴォ(L'evo)」へと向かいました。車を走らせること五箇山ICから1時間ほど、標高の高いこの村には広大な森と澄み切った空気が広がり、日常の喧騒から隔たった特別な空間が訪れる人を迎えます。
立地はとてもユニークで、森の中にひっそりと佇むその姿は、まるで自然の一部として息づいているかのようです。建物に入ると、まず迎えてくれるのはガラス張りの前室。ここでは大きな窓から見渡せる豊かな緑を眺めながら、少し早めに到着したお客が心ゆくまでリラックスできる空間が整えられており、木の香りが漂う心地よい椅子でひと息つきながら、これから始まる食の旅に心を高鳴らせます。
今回予約したのは、ランチコースです。予約は公式サイトから行い、期待に胸を膨らませつつ、迎えた秋の旅行に彩りを添える訪問。席に案内されると、シンプルで温かみのある個室のテーブルが用意されていました。店内の雰囲気は落ち着いていて、控えめな装飾がかえって自然の豊かさと共鳴し、料理への期待感が高まります。
■メニュー
~Prologue~
~鱧~
~米粉のパン~
~太刀魚~
~月ノ輪熊~
~アオリイカ~
~ジャガイモのパン~
~すっぽん~
~大門素麺~
~L’evo鶏~
~甘鯛~
~仔猪~
~ゆうかメロン~
~黒文字~
~大自然の恵みを楽しむランチコースの始まり~
最初に出されたのは、ウエルカムドリンクの「楓の樹液」。周りの森にたくさん生えている楓から採取された樹液を使っているとのことで、口に含むとほんのりとした甘さと香ばしい風味が広がります。まるでいちじくのような味わいが後を引き、思わず自然に対する感謝の気持ちが芽生えます。
次にいただいたノンアルコールのスパークリングワインは、黒文字を使ったもので、爽やかで奥行きのある木の香りが特徴的。森の空気と共鳴するような清々しさが、これから始まる食体験の序章を彩ります。
~ Prologue:前菜の饗宴 ~
このコースの始まりを告げる前菜は、小さな一口サイズの料理たちが次々と運ばれ、味覚と視覚を楽しませてくれます。
◎白エビの薪火燻し
富山産の白エビを薪火で燻し、下にはもち米で作ったエビせんべいが敷かれています。口に運ぶと白エビの濃厚な旨味と燻製香が広がり、続いてサクサクとしたエビせんべいの食感が楽しい余韻を残します。
◎ヤギチーズと酒粕のシュー
次に、丸いシュー生地にヤギのチーズと酒粕が練り込まれたものが登場。濃厚なチーズの旨味とほのかに香る酒粕が絶妙に調和し、一口ごとに豊かな風味が口中に広がります。
◎ ビーツとレバームースのメレンゲ
赤いビーツを使ったメレンゲに、間には鶏のレバームースが挟まれています。サクッとした軽い食感と甘酸っぱい風味、濃厚なムースのコクが絶妙に組み合わさり、すぐに溶けて消えてしまう美味しさが印象的です。
◎ アマダイとジャガイモのブランダードクロケット
緑色の丸いクロケットに、アマダイとジャガイモのペーストが詰められています。外側はサクサク、中には甘鯛の旨味がぎゅっと凝縮されていて、まさに一口の小さな贅沢です。
◎ げんげ
富山湾の深海魚「げんげ」は、サンショウの殻をまぶして焼き上げ、くるりと丸くなった形が可愛らしい。外側はカリッと、中は肉厚でふわっとした食感で、海の味わいが存分に感じられます。
~ 鱧:多層の調和 ~
見た目も華やかな「鱧のジュレ」ですが、実際に口に運ぶと複雑な味の層が驚きをもたらします。ジュレの中には金時草のペーストやジャガイモのピューレ、雲丹、じゅん菜が層になっていて、全体に大葉のオイルがかけられています。スプーンで底からすくい上げると、最初に感じるのは大葉の香り。その後に続く梅肉や各素材の味が次々に押し寄せ、口の中で共鳴し合うように消えていきます。
この鱧に合わせて、自家製の米粉のパンもいただきます。もっちりとした米粉のパンは鱧のジュレとも相性がよく、自家製バターをたっぷりとつけていただくと、さらに深い味わいが口の中に広がります。
~魚と野菜のハーモニー:炭火焼の太刀魚~
富山産の太刀魚は、シェフが目の前で炭火で丁寧に焼き上げてくれました。添えられた三つ葉とズッキーニ、パイ生地の組み合わせはユニークで、一口食べると、パリッとした食感の中に柔らかな太刀魚の身とみずみずしい野菜が絶妙に混ざり合います。噛むごとに太刀魚の旨みが広がり、その香ばしい風味が口いっぱいに広がります。
~ 月ノ輪熊:野生と洗練の共演 ~
月ノ輪熊の熟成赤身肉は薪火で香ばしく焼かれ、アザミのペーストやコンソメジュレが添えられています。牛肉にはない野生味が感じられながらも、クセはなく、アザミのペーストが肉の濃厚な味わいを引き立てています。森林の中で育まれた味の深さが、力強く、そして優しく広がります。
~アオリイカとジャガイモのパン~
氷見産のアオリイカは、この季節特有の甘みと柔らかさが際立ち、噛むほどにその旨みが引き立つ逸品です。下に添えられたマコモダケはシャキシャキとした食感が心地よく、クリーミーな貝のソースが全体を包み込み、アオリイカの繊細な風味と絶妙にマッチしています。
焼きたてのジャガイモパンは外側はカリカリで香ばしく、中にはほんのり甘みをたたえたジャガイモのほっくりとした生地が詰まっていて、そのシンプルな温かさがじんわりと伝わってくるよう。パンをアオリイカのソースに浸して食べると、ジャガイモの甘さと貝の濃厚な旨みが絶妙な調和を奏で、まるで秋の自然をひと口に凝縮したような満足感が広がります。
~すっぽん:野生の恵みを味わう~
天然すっぽんの旨みが詰まったこの一皿は、ミンチ肉をサンショの枝に巻き、炭火でじっくり焼き上げた逸品。仕上げにすっぽんの血を塗ることで濃厚な味わいが引き立ちます。上にはマリネした黄色いトマトが添えられ、下の万願寺唐辛子ベースのソースがスパイシーで野生味を抑え、食べやすいバランスに。香ばしいとうもろこしの生地で包むと、豊かな風味が口に広がり、複雑な味わいを楽しむタコスのような独創的な美味しさを堪能できます。
~ 大門素麺:伝統と革新 ~
江戸時代から伝わる「大門素麺」が、黒部のヤギチーズを合わせたスープに浸り、深い香りを放つふきのとうのグリーンオイルと共に登場。半生のもっちりとした素麺を口に含むと、ヤギチーズの濃厚で優しい酸味がスープに溶け出し、春に皆で摘んだふきのとうのほろ苦さが余韻を残します。素麺、チーズ、そしてオイルの香りが絶妙に絡み合い、自然の息吹と手作りの温もりがじんわりと感じられる一杯です。
~ L’evo鶏:地鶏の真髄 ~
薪火の香ばしい香りに包まれたL’evo鶏の足。平飼いで大切に育てられた雛鳥は、じっくりと火を通され、溢れる肉汁が芳醇な旨みを引き立てています。中にはクマの油と内臓の旨みを染み込ませたご飯が詰められ、まさに山の恵みを凝縮したような味わい。和からしのソースがピリッとアクセントになり、鶏の濃厚な風味をより深く感じさせます。熱々の肉を持ち上げ、頬張るたびに大地の力強さが体に染み渡る一品です。
~甘鯛:初秋の海と畑の彩り~
目の前に運ばれた一皿には、ふっくらと揚がった甘鯛が存在感を放ち、その周りを彩るそうめん瓜とマイクロリーフが円環を描き、まるで首飾りのように華やかです。甘鯛にはエビとお米を粉状にした衣がまとわせられ、口に含むとその衣がサクサクと小気味よく崩れ、エビの香ばしい香りが広がります。甘鯛の繊細な旨みが舌の上でほろりと溶け、まろやかで上品な味わいが感じられます。富山海老の卵が添えられ、海の恵みを余すことなく堪能できる一品です。
添えられたカンパーニュは外はカリッと中はもちもちとし、甘鯛の風味を引き立て、噛むほどに素材の美味しさが口の中に広がる、心地よい食感と味わいの調和が楽しめます。
~仔猪(いのしし):薪火が生み出す芳醇な山の恵み~
目の前に運ばれた仔猪のグリルは、薪火でじっくりと丁寧に火を通され、その肉は驚くほど柔らかく、クセのない豊かな旨みが感じられます。一口噛むごとに、山々の香りと自然の恵みが口いっぱいに広がる贅沢な味わい。猪、鹿、熊の風味が複雑に絡み合う濃厚なビジエソースが、仔猪の滋味を引き立てています。横には天然の舞茸が添えられ、秋の山中を思わせる香りが漂います。さらに、仔猪の下には山椒とナス、エシャロットのペーストが潜み、少し豆の風味も感じられる奥行きのある味わい。ごぼうのペーストがさらに土の滋味を加え、山の景色と一体になるような感覚を味わわせてくれる、心温まる一皿です。
〜ゆうかメロン:森の香り漂う、大人のメロンソーダ〜
グラスの中で輝く、高岡市産ゆうかメロンをたっぷりと使用した大人のメロンソーダ。森の香りを纏った炭酸の泡がそっと立ち上がり、鼻をくすぐります。その下にはなめらかなバニラアイスと冷たくて甘いメロン果肉が層をなし、ジュースとシャーベットが一体となってグラスを彩る。口に含むと、鮮やかなメロンの香りが広がり、深い甘さと爽やかな酸味が炭酸のシュワシュワとともに弾けるよう。ひとくちごとに味わいが重なり合い、まるで森の中で摘みたての果実に出会ったような、自然の息吹を感じる一品です。
〜黒文字:自然の息吹が生きる上品なデザート〜
一皿に広がるのは、村に自生する黒文字の香りが息づくデザート。葉の形をしたサクサクの生地の間に濃厚な黒文字クリームが挟まれ、シロップとパウダーが繊細にかけられています。上には黒文字の葉をくり抜いた小さな葉と、可憐なペンタスの花が添えられ、視覚からも自然を感じさせます。一口頬張ると、生地のパリッとした食感が心地よく、香りが豊かに広がり、クリームとシロップの上品な甘みが余韻を残しながら、口の中で自然の香りが一体となって優しく包み込みます。
〜小菓子:森の恵みを閉じ込めた香り高い余韻〜
目の前に運ばれた四角い木の箱を開けると、森の地面を模したナッツや穀物チップの上に小菓子が整然と並び、まるで森の一部を切り取ってきたような世界が広がっています。エゴマの種を練り込んだフィナンシェは驚くほどクリーミーで、口に含むと香ばしい風味が広がります。フランボワーズとミルクの二層の生キャラメルは、甘酸っぱさと濃厚なミルクのコントラストが印象的。小さな桑のお茶のシューアイスは一口サイズながらもお茶の風味が濃厚です。焼きたてのアップルパイに続き、加賀棒茶のムースタルトが加賀棒茶の香ばしさと共にほのかな甘みを添え、森の香りが全身を包み込むような黒文字のお茶で締めくくられる。自然の豊かさを味わう、贅沢な食後のひとときが心に残ります。
レヴォでの食体験は、まさに森の中に佇む一軒のレストランで、富山の自然を余すところなく味わう贅沢なひととき。シェフの手により、自然の恵みが一つ一つ丁寧に料理に昇華され、どの料理にも地元の息吹と想いが感じられます。山深い地にありながらも、多くの人を惹きつけてやまないこの場所。再び訪れる日を心待ちに、心に深く残る思い出となりました。
2025/01/13 更新
前夜に降り積もった雪は、朝になってもなお細かな光を返し続け、谷を静かに包んでいました。
コテージの扉を開けると、足元のパウダースノーがかすかに鳴り、冷たい空気が肺の奥まで澄んだ線を描きます。
前夜のディナーに心を奪われ、その余韻を抱えたまま向かうレヴォの朝食は、まるで俗世からひとつ層を隔てた場所へ踏み入る儀式のようでした。
建物に近づくにつれ、木と石が吸い込んだ静けさが肌に触れ、扉の向こうからは火の気配がほのかに漂います。
スタッフの所作は雪解け水のように澄み、言葉よりも温度で迎え入れてくれる距離感が心地よいです。席に腰を下ろすと、窓の外の白と、室内の温かな木目がゆっくりと溶け合い、時間が緩やかにほどけていきます。最初の一杯が運ばれた瞬間、胸の奥で小さな扉が音もなく開き、この朝の物語が静かに始まりました。
木の椀から立ち上る湯気が、まだ冷たい空気に淡く溶けていきます。炊き立てのコシヒカリは、粒が凛と立ち、光を受けて雪の結晶のようにきらめいています。口に含むと、ふわりとほどける柔らかさの奥に、富山の水が育んだ甘みが静かに広がり、身体の中心に温度が灯ります。猪と玉ねぎの味噌汁は、椀の縁から立つ香りが深く、脂の旨味と味噌の丸みが重なり、冬の森の静けさをそのまま閉じ込めたような味わいでした。
白い皿に静かに置かれた利賀豆腐の煮しめは、端正で揺るぎない佇まいです。箸を入れると、堅豆腐ならではの密度がしっかりと返り、噛むほどに出汁がゆっくりと滲み出します。山の清流のような澄んだ味が広がり、土地の息遣いが舌に伝わります。さわらの炭火焼きは、表面の薄い焦げ目が美しく、酒粕の甘い香りと炭の香ばしさが立ち上ります。身はしっとりとほどけ、火の通り方が穏やかで、冬の朝に寄り添う柔らかな余韻を残しました。
木のトレイに整然と並ぶ料理は、まるで朝の光を受けた小さな風景画のようです。蕪の葉のよごしの素朴な甘み、生木クラゲの辛子酢味噌の軽やかな刺激、能登の海苔佃煮の深い香り。それぞれが異なる質感と色を持ちながら、ひとつの静かな調和を生んでいます。熊肉のしぐれ煮の野性味、バイ貝や真子の滋味、冬瓜やクワイの柔らかな甘さ。どれも過度に主張せず、素材の声をそっと引き出す調理の手が感じられ、森と海と畑の記憶が静かに連なっていきました。
ミョウガの梅肉和えの清涼感、菊のおひたしの淡い香り、カブの甘酢漬けの優しい酸味。それぞれの料理は、短い詩のように舌の上で響き、すっと消えていきます。ちりめん山椒やなんば味噌は白米の余白を満たし、朝の静けさに小さな熱を添えました。レヴォの朝食は、品数の多さではなく、ひとつひとつが持つ“余白”が物語を紡いでいく体験です。森・海・火・雪が静かに交差し、冬の利賀という土地そのものが、食卓の上にそっと姿を現していました。