2回
2018/06 訪問
Episode 93 『Cafe 婆沙羅 かえる堂(大阪・西大橋/北堀江)』:カエルの視線を感じながら貪る背徳。とろとろチャーシューとチーズが溺れる“とんチー”の沼
大阪・西大橋。
おしゃれなカフェやブティックが点在する北堀江の路地裏に、異質なオーラを放つ一軒の店がある。
『Cafe 婆沙羅(ばさら) かえる堂』。
「美味いカレーがある」という噂を聞きつけてやってきたが、店の前に立つと、そこはカレー屋というよりは、古き良き時代の喫茶店、あるいは骨董品店のようだ。
扉を開ければ、そこはカエルの楽園。
置物、イラスト、雑貨……至る所からカエルたちの視線を感じるレトロで不思議な空間が広がっている。
だが、このメルヘンな雰囲気に騙されてはいけない。
ここのカレーは、胃袋を鷲掴みにする凶暴な実力を秘めている。
メニューの中で一際異彩を放つ、キャッチーすぎるネーミングに目が止まる。
「とんチー・カレー(850円)」。
豚(トン)とチーズ(チー)。
語感の可愛らしさとは裏腹に、その内容は「ごはんに乗せられたとろとろチャーシューとチーズ」という、文字だけでカロリーの過剰摂取が確定するような代物だ。
迷わずそれを注文する。今日はもう、太ることに決めた。
運ばれてきた皿を見て、その決意は正しかったと確信する。
漆黒のルーの海。
その中心に浮かぶライスアイランドには、分厚いチャーシューが鎮座し、その上から黄色いチーズがとろりと溶け出し、全体を覆い尽くしている。
炙られたチャーシューの香ばしい匂いと、スパイスの芳醇な香りが混ざり合い、脳髄を直撃する。
スプーンで山を崩し、ルーと肉とチーズを一度に口へ運ぶ。
「……ぬぉっ、ジャンキー!!」
煮込みに煮込まれた「100時間カレー」の濃厚で奥深いコク。
そこへ、箸で切れるほど柔らかく煮込まれたチャーシューの脂身の甘みと、チーズの塩気とまろやかさが波状攻撃を仕掛けてくる。
美味い。理屈抜きに美味い。
スパイスの複雑な風味云々を語る前に、脂と糖と塩の暴力的な旨味が舌をねじ伏せにくる感覚だ。
「これはクセになる……」
一口食べるごとに、背徳感がスパイスとなって食欲を加速させる。
チャーシューは口の中でホロホロと崩れ、チーズは糸を引きながらルーと絡み合う。
濃厚×濃厚×濃厚。
逃げ場のない旨味の沼に、自ら喜んで沈んでいくような感覚。
時折、福神漬けで口の中をリセットしようと試みるが、すぐにまたあの強烈なパンチを求めてスプーンが伸びる。
カエルの置物たちが「また太るケロ?」と笑っているような気がするが、知ったことではない。
この一皿の前では、カロリーなどという概念は無力だ。
最後の一口を飲み込み、皿に残った黒いソースまで綺麗に拭い取る。
満腹感と共に押し寄せる、圧倒的な多幸感と少しの罪悪感。
西大橋の路地裏で出会った、文句なしのウマメシ。
「明日からダイエットしよう」という決まり文句を心の中で唱えつつ、私はまたこの店に来ることを確信していた。
2026/02/11 更新
大阪・西大橋。
おしゃれなカフェやブティックが並ぶ北堀江の街並みから一本路地に入ると、そこには時間の流れが止まったような異空間が存在する。
『Cafe 婆沙羅(ばさら) かえる堂』。
前回、あの凶暴なまでに濃厚な「とんチー・カレー」で私の胃袋と理性を粉砕した、カエルたちの館だ。
「また来てしまった……」
店の前に立った瞬間、少しの後悔と、それ以上の期待が胸に去来する。
一度あの味を知ってしまった人間は、カエルの呪いにかかったかのように、再びこの扉を開けずにはいられないのだ。
今回のお目当ては、ライスのカレーではない。
メニューの片隅で、しかし異様な存在感を放っている麺料理、「旨(うま)カレーラーメン(900円)」だ。
「カレー屋のラーメン? 所詮は変わり種だろう」
そんな斜に構えた考えを持つ者もいるかもしれない。
しかし、ここの「100時間カレー」の深淵なるコクを知る私には分かる。
あれをベースにするならば、凡庸なラーメンができるはずがないと。
注文を済ませ、店内を見渡す。
相変わらず、無数のカエルの置物たちが静かな視線を送ってくる。
レトロな照明、アンティークな家具。
落ち着くはずの空間なのに、これから始まるカロリーとの戦いを前に、武者震いが止まらない。
「お待たせしました」
運ばれてきた丼を見て、息を飲む。
黒い。やはり、黒いのだ。
一般的なカレーラーメンの黄色や茶色ではない。
闇を煮詰めたような漆黒のスープが、なみなみと注がれている。
その中央には白ネギが小高く盛られ、傍らにはしっかりと煮込まれたチャーシューが沈んでいる。
湯気と共に立ち上る香りは、スパイスの刺激的な香りと、その奥にある濃厚な獣(ケモノ)の香り。
そう、このスープの正体は「カレー×豚骨」の禁断の融合なのだ。
レンゲを沈め、スープを一口啜る。
「……旨っ!!」
メニュー名の「旨」に偽りなし。
口に入れた瞬間、100時間カレー特有のフルーティーな甘みと苦味が広がるが、それを支えているのは、どっしりとした豚骨スープのコクだ。
カレーのスパイシーさを豚骨のまろやかさが包み込み、角が取れて驚くほどクリーミーな口当たりになっている。
ラーメン屋のカレー味とも、カレー屋のスープとも違う。
両者が高次元で握手した、唯一無二の「飲むカレー」だ。
麺を箸で持ち上げる。
スープの粘度が高いため、中太の縮れ麺にこれでもかというほど黒いスープが絡みついてくる。
ズズッと啜り上げれば、スパイスの風味が鼻に抜け、小麦の甘みが追いかけてくる。
チャーシューも絶品だ。
トロトロに煮込まれたそれは、スープの熱でさらに柔らかくなり、口の中で解けていく。
シャキシャキの白ネギが、濃厚すぎるスープの良いアクセントとなり、箸を進めるリズムを生む。
途中で、おすすめトッピングの「半熟卵」を崩す。
とろりと溢れ出した黄身が黒いスープに混ざり合い、黄金色のマーブル模様を描く。
この部分を麺に絡めて食べると、マイルドさが加わり、味が劇的に変化する。
辛さが苦手な人でも、この卵があれば無限に食べられるのではないだろうか。
麺を食べ終えても、このドラマは終わらない。いや、ここからがクライマックスだ。
丼の底には、旨味の凝縮体のようなスープが残っている。
このルーがご飯にマッチしないわけがない。これを残すなど、神への冒涜に等しい。
「すいません、ご飯とチーズをお願いします」
禁断の呪文を唱え、残ったスープへ白飯とチーズをぶっ込む。
スープの余熱でチーズが溶け出し、ご飯一粒一粒が黒いスープを吸い込んでいく。
即席の「豚骨カレーチーズリゾット」の完成だ。
レンゲですくい上げ、口へ運ぶ。
「……参りました」
麺とはまた違う、米の甘みとチーズの塩気、そして豚骨カレーのコク。
これらが三位一体となり、脳髄を痺れさせるような旨味の波状攻撃を仕掛けてくる。
カロリー? 糖質?
そんな言葉は、この圧倒的な幸福感の前では無意味な記号に過ぎない。
最後の一滴、最後の一粒まで綺麗に平らげ、水を一気に飲み干す。
額には汗が滲み、身体の芯から熱くなっているのを感じる。
カレーライスという王道をあえて外し、ラーメンという変化球で挑んだ再訪。
しかし、その結果は場外ホームランだった。
西大橋の路地裏で、またしてもカエルの魔力に完敗したランチタイム。
「次はどのメニューで太ろうか」
そんな危険な思考を抱きつつ、私は店を後にした。