『長崎随一の和食「重籠」にまつわるとっておきのお話★★★★★』みっちーさんの日記

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日記詳細

■私が長崎在住時、最も愛した和食のお店が「重籠」。元なだ万の料理長が腕をふるうお店だが、全くそのことを売りにしていないという奥ゆかしいお店で、知る人ぞ知るのお店だった。その味はまさに極めつけ。何度も足を運び、大変素敵な思い出を重ねさせていただいたお店である(その辺りの事情はレビューにも書いた)。

■この重籠にまつわるとっておきのお話があるのでちょっとご紹介したい。元、長崎県美術館館長で、高名な美術評論家、伊東順二さん(女優・小川知子さんの旦那さまでもある)と席をともにしたとき、たまたま判明したお話である。

■ある日、この「重籠」に、謎のフランス人夫婦が訪ねてきた。大変な日本料理好きのようで、外国人に苦手な人が多い赤だしの味噌汁も最後まで飲み干したという。変わっていたのは、席に座るなり庭の絵を描き始めた。かなり絵がうまい。女将にプレゼントしてくれたという。ところが・・・。支払いの段になって、現金の持ち合わせがなく、支払いができない(クレジットカードが使えないお店なのだ)という。気のいい女将は、なんと無料でいいです、といって二人を送り出した。お礼にキスの嵐(笑)。


■女将の子供は現在、海外に留学中。遠い空の下、自分の子供もたくさんの外国の方にお世話になっているだろう・・・そんな思いがわきあがり、心細そうなその夫婦に真心を示したのだという。


■さて、この謎のフランス人、いったい誰だったのだろうか? 前述の伊東さんの友達だったことが、この日の伊東さんとの語らいの中で、判明した(笑)。正体は、実はものすごい方だった。


■ジェルマン・ヴィアットさん、といったら皆さんご存知だろうか? そう、2006年パリにオープンした話題の美術館、ケ・ブランリー美術館の館長さんである。というよりも、ポンピドゥー・センターの設立に携わり1992~97年の間館長も務めた方といった方がとおりはよいかもしれない。その前は、ルーブルのデッサン部長もしていた、まあ、いってみれば、フランス美術界の重鎮だ。


■さて、そうとはまったく知らず、無心で彼らをもてなした女将は、長崎という場所を彼らの脳裏に刻み付けたに違いない。現に、ヴィアットさんは、周囲の人々に「長崎ですばらしいもてなしを受けた」と会う人ごとに語っていたという。女将は、意図せずして、日仏交流に大きな貢献をしたわけである。こういうお話を聞くと、やはり無心の真心というものほど、すばらしいものはない、と痛感する。

■後日談。残念ながら、というべきか、ヴィアットさんの描いた絵は捨てられてしまった。そんなにすごい人の絵だとはまさか思わなかったと女将談。フランスからはお礼にと、おいしい高級チョコレートが送られてきたそうだ。

■伊東さんは、ヴィアットさんが講演で日本を訪ねた際、とてもおいしい日本料理を食べた、との報告を受けた。たどたどしい日本語で「ジュ・ロー」という名前だったと語った。伊東さんは、その発音からだけではわからず、いったいどこの店だろう、といぶかっていたが、この日の女将との語らいの中で、それが「重籠(じゅうろう)」であるということが判明した次第である。

■追記。ケ・ブランリー美術館は、パリのブランリー河岸に建設されるフランスの21世紀最初のビッグプロジェクトといわれる美術館。アフリカ、アジア、オセアニア、南北アメリカなど、非ヨーロッパ文化のための美術館を謳った意欲的な美術館だ。ジェルマン・ヴィアットさんは、数年前、開催された大林組主催のシンポジウム「美術館が都市を変える」でも多くの刺激的な発言をされたので、記憶に残っている方も多いかもしれない。
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