『Fish in Fish』ムササビヒンソーさんの日記

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昔の大ネタより最近の小ネタ。

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ムササビヒンソー (60代前半・男性) 認証済

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三枚におろした後の、おさかなのアラというか「アタマの部分」を煮付けた奴が好きで、入った店の品書きに「兜煮」「粗煮」「粗炊」なんていうものがあると、かなり積極的に注文するほう。

頭肉には頭肉の、頬肉には頬肉の、唇、目玉周り...それぞれの部位にそれぞれの旨さがあって、食感が異なるのも面白いし、これをチマチマと毟りながら徳利を猪口を使っているのは、プラモデルを組み立てたり、モデルガンを分解組み立てしたりしている時に通じる愉快さがある。

この「箸の手遊び」での、もうひとつの「お楽しみ」は鯛の鯛さがし。

鰓ぶたのうしろ、胸びれは、泳ぐときの身体の揺れを安定させたり、方向転換したり、泳ぐスピードを落とすために使われるそうだが、太古の昔、水棲生物が陸に上がり、ケダモノになった折には前足、更にはワタクシども人間の腕と手に変わっていったものだそうな。

腕のご先祖様だから、当然「肩甲骨」もあって、魚類の場合、不思議な事にみんな「魚の形」をしている。

しかも魚の種類によって、それぞれの肩甲骨は、その持ち主? 自身に似た「それっぽい形」をしてるから、尚、面白い。

別添のシャシンを参照願いたい、ね、みんな「それっぽい」デショ?

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鯛(魚)の身体の中にある鯛(魚)だから、「鯛の鯛」

「めで鯛」の縁起担ぎに引っ掛けて、真鯛の塩焼きや兜煮を食べるとき、箸を注意深く使い、これ(胸鰭だからニ個で一対)を取り出しよく洗い、乾かしてからマニキュアでコーティング、財布に入れておくとお金がたまる

...なんていう文字通り「イワシのアタマも信心から」みたいな話もあり、お座敷の宴会で、年季の入った芸者さんが付いていると、わざわざ箸で取り出して、手渡してくれたりする。

ま、昨今は、芸者さんよりコンパーニャ、というご時世ですし、そもそも「そういう」会合自体が少なくなってきていますから、そのうちいわば「歴史上の出来事」として「そんな事もあったネ」と古老(オレだ! )が語るだけのモノになってしまうのだろうけれど。

とはいえ、である。

この「鯛の鯛」探し、近頃ではチョッと違ったシチュエイションで役立つこともある。

中国大陸の人々、或いは/及び華人、華僑の方々との酒宴。

円卓に清蒸石斑魚かなにかの「尾頭付き丸ごとのおさかな」が出てきたとき、胸びれまわりの部分をもらい、箸でチョイチョイと毟って一言

「ショクン、この骨を見たまえ。サカナの形をしているだろう。

我が国ではこれを【Fish in Fish】といい、一種のアイコン・オーヴ・フォーチュンとみなしている。

酒席でこれが現れた場合、その日の主賓に持ち帰っていただき、綺麗に洗ったのち干して財布ないし箪笥に保存してもらう、というのがマナーである。

すると授与されたひとご自身、ご家族、一族郎党、ひいては率いる企業集団に至るまでラッキー・カムカム、まさに金玉満堂で、永遠の發財がもたらされると言います。

ささ、凹凸老板、ぜひお持ち帰りください」

とかなんとか。

適当な事をインチキ英語、中国語混じりで申し上げると、元々縁起担ぎと金儲けについては本家本元みたいなひとびとですから、大いに喜んでくれる。

ひとによっては

「ああ、MSSB先生はイニシエのスピリット・オーヴ・イースタン・ワールドのマゴコロをお持ちである」

なんて大いに持ち上げられて、却って面はゆくなったり。

...と、まあ、そんなわけで、今でも、おさかなのアタマが目の前に現れると、ついムキになって箸を動かしてしまう。

で、数え切れぬほどの「鯛の鯛」に出会っている、のだが、今の暮らし向きを顧みると、実際の霊験は「あんまり」ないらしい。

なんともはや。
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