3回
2023/08 訪問
甘辛問答。
盂蘭盆を過ぎても、強烈な熱量で我々を蹂躙し続ける陽が傾きだし、さて今夜はどこで始めようかと考えた時、冷えたビアでもワインでも、アペリティフのカクテルでもなく、まず酒器を満たした「冷たい日本酒」の心地よい香りと舌触りが思い浮かぶようになっている今日この頃。
年をとったのだなと感じると同時に、日々の暑気で痛めつけられた身体が「そのようなもの」を求めてるんだろうなと理解し、これに抗うことはせず、こちらへ。
ひとりですがと入っていくと、
カウンタにどうぞ
と促され、酒場のそれと食卓の中間くらいの高さ、ひとりあたりの間隔が十分に取られたそこに腰をおろす。
それだけで落ち着き、気持ちが和み、ああオレ、ここが好きなんだな、と、今更ながらに再確認。
初手は「辛口」表記の両関本醸造。冷たいのを一合。
つまみは「あじ酢」
あじ酢といっても白くなるほど〆ているのではなく、お寿司屋さんで言うところの「酢洗い」程度の軽い割烹がさかなの新鮮さを際立たせており、薬味に添えられたキューリのすりおろしたやつが又、目に口腔に涼しさを感じさせる。
善き哉。
興が乗ってきて二本目は、「やや甘口」と表現されている両関純米。これも冷やしたやつ。
甘いと辛いは多分、切れの緩急を評して表しているのだろう。
気分、体調、冷やし具合由来か、この日は「甘口」のほうが自分には馴染む、というか身に染みてくる風で、面白いモンだな、と、口の中でつぶやく。
もうひとつとったつまみは、「いか納豆」
先日、「はち巻き岡田」で気に入った「納豆和え」で味をしめた感あり。
こちらのは、これも性質(たち)の良い、糸作りにしたいかに、調味済みの上すでに程よく混ぜた納豆が添えてあり、これを木挽町のカレー屋よろしく
ジェンメン的にカキマゼテ〜♪
とやる作法。
小粒の納豆はイマドキ珍しい、香り、というよりニオイと味の強いタイプで、
もしかしたら天神様ならぬ「明神さま」の横で売ってるやつかしら
と、勝手なことを想像しながら箸ひと掬いを舌の上に乗せるようにして、上顎と舌の間に挟み、
じんわり……
と、口の中で溶かすように味わい、香気を楽しみ、ここに時間差で「甘口」を放り込んでやると、実に調子が高く、背骨あたりにこだわっていた「凝り」がほぐれてくる。
のんびり飲んでつまんで小一時間。
いつの間にかカウンタと食卓の席が全て埋まる。
と同時に勘定を申しつけるひとがちらほら出てきたのを潮に、こちらも腰を上げる。
店を出る。
あれだけ強烈だった太陽もすでに沈んでいて、少し風が吹くとやや「涼しさ」を感じるほど。
あゝようやく夏も終わりに向かって来てるなと思いつつ、酒とつまみだけで、まだ少し余裕のある腹の「隙間」を埋めたい「ような気に」なり、ちょい食べ過ぎになるけど、カレーでもいっちゃおうかな、と上野広小路方面に歩き出すのもいとをかし、と、欲張りな我が行動を苦笑いしない、事もない。
店内撮影お断りの方針(いろいろありまして、お察しください、との事)に従い、今回は飲料、御菜の写真、なし。
ま、こちらのよろしさは実際に伺い、感じ、自ら「わかった」方が面白かろうから、其れも亦、佳し
でありましょう。はは。
そうそう、ちなみにこちら、今でもマスク装着してないと、入店叶いません。タメネンお知らせ。
2023/08/31 更新
2022/12 訪問
たくさん食べられなくなってからの方が楽しい事もある。
昼飯をしっかり食べたせいで、日が落ちてもそれ程腹が減らない。
夜は抜いてもいいかな、という心持ちにもなるが、とはいえ猪口が唇に触れる感触をちょっと味わいたい。
と、なれば、腹を塞がぬ、気の利いた、ちょこっとしたつまみを出す「酒の店」がいいな、と思案していくうちこちらを思い出す。
時分どきだし人気の店だから、入れるかどうかわからない。
けれど、入れないならその場合は素直に「夜の部」を省略しちゃえばいいや、と思い定め、昌平橋のかかる通りを歩いて北上。
湯島天神下の交差点を曲がって店に至り、中に入り、いつのまにかすこし普請が改造され、なかの様子が見通せるようになった帳場ごしに
「一人ですがいいですか」
と声をかける。
「カウンタの空いたところにどちらでも」
言われるまま、一席に腰をおろす。
見慣れた風景。店内はそこそこ埋まっているが顧客の平均年齢が低くなく、泥酔してオダを上げるオロカ者もおらず、全体の声の調子が高くなく、耳にうるさくなく、ホッとさせられる。
壁に貼られた品書きから、茶碗蒸しのような器に四分ほど入った、なんとも可愛らしい鯛の煮凝り* をとり、これで徳利の半分を使い、その後、追いかけて注文したこのわたで残り半分ともう一本を消費して一時間ほど。
昼間はお客さん周りで一日中、なけなしの「社交の精神」を発揮して、喋ったり、相手の話に相鎚を打ったりで、ややくたびれており、なにも喋らず、愛想を振り撒く事もしなくていい、程よく放っておかれるサーカムスタンシーズが、元々の「かん症もち」には、まことありがたくも心地良い。
諸々のつまみに加えられた塩加減が精妙。
燗酒と前後して口に運んだ時に過不足なく、無意識に「うまいなあ」という声が漏れてしまう出来栄え。
ことさらに「江戸前」「下町」と、上滑りしたり、そっくりかえってくるあれこれがないのも、気持ちに泡が立たなくていい。
そもそも魚がアタシは魚でございとは名乗らず、カエルがオレはカエルだどうだ参ったか、と見栄を切らないが如く、生来の東京人であれば、我は江戸っ子などとわざわざ言い立てなかろうし、そういう真似をするのはむしろ、精神上のDon・Farmer #よけいなことをかいてはいけません
飲んでつまんでのんびりして、ほろ酔いの上等くらいのタイミングで勘定を済ませて立ち上がる。
腹がくちいという感覚はなく、丁度よく、ああそうか、夜なんか一所懸命食わなくてもいいんだね、というか、たくさん食べられなくなってからの方が気分のいい店というのがあるんだな、と、通い始めて数十年、ようやくこちらの「ありよう」に追いつく年周りになった「ような気が」しつつ、帰り道は歩くのが少し億劫になり、地下鉄の駅を目指さない、事もない。
*シャシン撮りませんでした。
2022/12/15 更新
店内撮影不許可な店。
ナミナミと盛られるこのわたと、こちらにしかない茶碗蒸しみたいな? 煮凝り。
そして丁寧に点けられる両関辛口(本醸造)上燗二合。
積極的に胃袋は膨らませたくない、でもちびちびはやりたい。
こういう時にこちらに伺うとものすごく幸福度が高い
……のは華甲を迎えてからの実感だぜ、はは。
と、ここまで書いてから過去、自分の訪問記録を当たってみたら、こちらをひとりで訪ねているときは、必ず盆暮の挨拶で、1日にメーカー商社を五社も六社も回ってなけなしの社交を振り撒いたあと、すり減ったような気になり口も開きたくない時にぼっとしたくて、なんだね。
高度に「適切に放っておいてくれる」店の配慮が好きなんだよな、と、改めて思い知らない、事もない。
さて渇いていた心持ちが潤ったし、「夜の部」の街へ改めて一歩、なんて、ね。はは。