2回
2000/02 訪問
【1600】原点
節目の1,600件目の口コミだが、しばらく食べログをサボっていたことや、最近自分の口コミ書くだけで精いっぱいで、あまりみなさんの口コミを見らないこともあって、イイネ数も以前と比べると微々たるもの。イコール見てくれる人もほとんどいない、ということ。
ならば、いつか書こうかと思っていたこの店を、ひっそりとアップすることにしよう。点数を見ていただければわかるように、素晴らしい店なのだが、じつはここ、すでに閉店している。それもけっこう前に。そして、僕の最終訪問はそれよりさらに前。最終訪問後しばらく訪問せずにいたが、ある日閉店の報を聞き愕然とした。
ただ、タイトルに「原点」と挙げたように、ここは僕の食べ歩き…は言い過ぎだが、少なくとも「北九州ラーメン食べ歩き」の魂に火を点けた店なのである。とにかく絶品のラーメンを出す店で、それゆえ節目の口コミに選んだというわけだ。
食べログの優れた点は、ただ「今食べた店」の口コミを紹介するだけでなく、その口コミが古くなったときに、そのままアーカイヴの役割を果たすことにあると思う。開設から13年が経過した当サイトだが、初期の口コミは、そのまま2005年の風景を映してくれる。
なので僕も、当時の風景を残すためにこの口コミを記す。実のところネット上でもほとんど情報のない当店だが、たとえば店主がこれを読んで、熱烈なファンが確かに存在してくれたことを知ってくれれば本懐である。
◇◇
どういう偶然か、僕の父も僕も、いわゆる「転勤族」である。父は転勤が多く、あっちにフラフラこっちにフラフラ渡り歩いていたが、ちょうど福岡にいるときに僕が生まれたので、いちおう「福岡生まれ」であるためか、子供のころからラーメン=トンコツであった。
その後大阪に住んだが、たまたま家の近所に「福将軍」という絶品のトンコツラーメン屋があったため、トンコツ愛は変わらなかった。そんな僕も就職して父同様転勤生活がスタートしたのだが、もうずいぶん前に、北九州にも住んでいたことがある。場所は南小倉。
さすがに知った土地とはいえ、仕事をするのは初めての場所、いろいろ苦労もあった。そこで仕事のストレス発散のため、まさに転勤数日目だったと記憶しているが、さて家の近所のラーメン屋でも攻略するかと夜外に出た。
当時はネット黎明期で食べログはもとよりラーメンブログもロクにない時代だったし、今ほどラーメンブームもなかったような記憶があって、いわゆるラーメン本の類も、北九州版はほとんど内容がない。当たり前のように、自分の足で探す時代だった。
ちなみに、当時は今と違って南小倉といえばけっこう会社も多く、それに伴い飲食店も多数あり、なかなか繁盛しておりラーメン屋も「千龍」「でこちゃん」「一真軒(笑)」そしてここ「三陽軒」と、たしか4軒あったのだが、一通り店をチェックしたあと、選んだのは「三陽軒」だった。なぜか?いちばん良い香りがしていたからだ。
店は逆L字型のカウンター席のみ。内装はかなりこじんまりしており、また席と厨房が近いため、屋台のような雰囲気すらある。壁にはなぜか、ランドヴユウという競走馬(古い、相当な競馬ファンでないと名前も知られていないだろう)のゼッケンが貼られていた。
注文は、初回なのでラーメン。それにおにぎりと、あとビールももらった記憶がある(確かスーパードライ)。店主は当時の僕よりは年上だろうが、それでも幾分若い。今から約20年前で、30台前半くらいだと思われる風貌。初対面の若造にも気さくに声を掛けてくれる、愛想のよい方だった。
ラーメンは、チャーシュー、ネギ、キクラゲは覚えているが、正直あとは海苔が乗っていたかどうかなどは覚えていない。ただ、ゴマやコショウの類は最初からは振られておらず、またメンマも入っていなかったように覚えている。
スープだが、一口飲んだ瞬間に衝撃を受けた。かなりコクのあるトンコツだが、それ以外のふくらみもある。ひょっとすると鶏ガラかなにかも多少使っていたのではないか。いま思い出しても、この店のスープに匹敵する味が、北九州に何軒残っているか。「ぎょらん亭」「ラーメン力」「無法松」「らーめん工房龍」あたりに比肩しうる味。
麺は特別旨いというわけではないが、それでもスープにも消されない存在感アリ。自家製麺ではなさそうだったが、安部製麺のような、実力派の製麺所の物を使っていたと思われる。具も出がらしチャーシューなどではなく、ちゃんとしていた。
「北九州のラーメンってこんなに旨いの?だとすれば僕が今まで食ってきたトンコツはいったい…」と、その後もこの店に繰り返し通うとともに、「近所でフラっと入ったラーメン屋がこんなに旨いのなら、ほかにも旨い店はまだあるはずだ」と、狂ったように北九州のラーメンを食べ歩いた。
結果、ここほど旨い店は滅多にお目に掛かれず、「やっぱりここが一番だな」と週に一度は必ず食べに戻ってきたのだが、そんな中でも「魚藍亭(当時の表記)」や「宝龍」「魁龍」といった旨い店と出会うことができたのは僥倖だった。その後また転勤で北九州を離れためご無沙汰となり、いつしか北九州の知人から、「お前の好きだったあの店、閉店したよ」と言われショックを受けた。
蛇足だが、店名はすっかり忘れていて、その後数年不明なままだったのだが、ある日久しぶりに南小倉を訪問した際店の近くに寄ったら、なんと店はつぶれていただ、看板はまだそのまま残っていて、そこで「三陽軒」という名をやっと思い出した。また後年、じつは八幡にある「三陽軒」の暖簾分けだと知り、「あの味がまた食えるかも!」と「三陽軒」を訪問、旨いことは旨いが違う味でちょっと残念だったのだが。
ただ、そこで「三陽軒」の大将に南小倉店のことを伺うと、「もともとは親戚筋が経営していたが、後年になって熱意ある若者にレシピごと譲渡した」と教えていただいた。親戚筋がやっていたころの味は本店とそっくり同じだったが、代替わりしてからは、少し味を変えたんだよねとも言っていた。「味を変えられた」ことにちょっと残念そうな表情を浮かべた気がしたが、正直なところ僕としては南小倉店のほうが上だと感じた。
しかし、現在また転勤のため北九州に戻ってきたので久しぶりに南小倉も歩いてみたのだが、以前の活気がまるでなく、すっかりさびしい駅になってしまった。でなければ、ここほど旨いラーメン屋がそうそう潰れることはなかっただろう…が、「一真軒」だけはなぜか生き延びているんだよなぁ(笑)。
それにしてもあの店主、今はなにをやっているんだろうか。あの味なら小倉に移転しても充分やっていけたと思う。いや、それどころか東京でも通用したんじゃないかな。結局、ランドヴユウのゼッケンが置いてある由来も聞けずじまい。ほんとうに惜しいラーメン屋を亡くしたものだ。まったく、南小倉の衰退を恨むぜ(笑)。
2018/10/28 更新
閉店シリーズにかこつけて、最近入手した当店の情報を追記。当店、あれほど旨く人気もあったのに、なぜ閉店したのかと不思議に思っていたが、どうやら大将が内蔵を壊してしまい、店をやっていくのに耐えられなくなったからとのことだった。それを聞いて、僕の舌が実は間違っており、たいして旨くなかったのではとの不安は払拭された。ただ、どうも最晩年を看取った人によると、内臓の影響で微調整が効かなくなったのか、ちょっと味が変わったとのことだったが。
しっかり節制していれば、今でもあの伝説のラーメンが食えたのではと思うと僕も酒は控えようと思ったりも。
初訪問のときの、あの「あふれんばかりのコクがあるのに嫌味な臭さがない」最上級の動物系スープの味は、今でもいつでも思い出すことができる。パリっと焼かれた餃子も香ばしくて、さほど好きでもないスーパードライがあの日はめっぽう旨かった。