書画、篆刻、陶芸、漆芸といった多岐に亘る分野で傑出した作品を残した北大路魯山人(1883-1959)は、こうした芸術家としても活動の一方で料亭「星岡茶寮」を主宰し、美食の道を生涯探求した稀代の美食家としても有名です。
世界中の美味しい食材、とりわけ最高のコンディションのものを経験してきたであろう魯山人が、断トツに美味い!と言い切っているのがフグです。
『ふぐの美味さというものは、明石だいが美味いの、ビフテキが美味いのという問題とは、てんで問題がちがう。調子の高いなまこやこのわたをもってきても駄目だ。すっぽんはどうだといってもみても問題がちがう。フランスの鵞鳥の胆だろうが、蝸牛だろうが、比較にならない。もとよりてんぷら、うなぎ、すしなどは問題ではない』と、美食に関して既存の権威や価値観を排して妥協しなかった魯山人らしい物言いです。フグに勝る何物をも発見しえないとまで絶賛しています。
さらに、魯山人は芸術家らしく、フグを画家や絵画彫刻に例えています。『栖鳳や大観の美味さではない。靫彦、古径でもない。芳崖、雅邦でもない。崋山、竹田、木米でもない。呉春あるいは応挙か。ノー。しからば大雅か蕪村か玉堂か。まだまだ。では光琳か宗達か。なかなか。では元信ではどうだ。又兵衛ではどうだ。まだまだ。光悦か三阿弥か、それとも雪舟か。もっともっと。因陀羅か梁楷か。大分近づいたが、さらにさらに進むべきだ。然らば白鳳か天平か推古か。それそれ、すなわち推古だ。推古仏。法隆寺の壁画。それでよい。ふぐの味を絵画彫刻でいうならば、まさにそのあたりだ。』と日本美術史を遡っています。思わぬところで例えられた画家たちは、泉下で苦笑いしているかもしれません。
これほど魯山人を魅了したフグですが、一体どのような種類のフグだったのでしょうか?魯山人が『下関のふぐの上等品』と記したフグの正体を推理してみたいと思います。
日本国内では22種類のフグが可食を認められていますが、その中の最上級のフグがトラフグであることは論を俟ちません。
魯山人の存命中はフグの養殖技術はまだ確立していませんので、魯山人が絶賛したフグの正体は天然トラフグということになります。
そして、何故下関かというと、この当時、下関は、トラフグの市場流通の大半を担っていたため、市場から最上級のトラフグを手に入れようとすると必然的にフグの取扱いに熟知した仲卸のいる下関からということになったものと考えられます。
それにしても、ここまで絶賛されると、フグもさぞかし面映ゆいことでしょう ( ^∀^ )。
註1 『 』内は、北大路魯山人『魯山人の食卓』角川春樹事務所,2004年より抜粋。
註2 下関では「フグ」のことを「ふく」と呼称します。フグは、不具、不遇に通じ、ふくは、福に通じるという、いわば縁起担ぎといわれていますが、古語では「ふく」と濁らずに発音していたといわれています。