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恵比寿のロブションのエグゼクティブシェフを11年務め、在任中はミシュラン3ツ星を堅持し続けた渡辺雄一郎シェフ。2016年、満を持して浅草の地で独立し、以来、レストラン業界の数多ある賞を総ナメ中。
カフェ風の外観の建物に入ると、真っ先に目に飛び込むのがガラス張りのキッチン。手術室のように清潔で、使い込まれた美しさを放つステンレス。美しいものが美しいのではない。美しく使われているものが美しいのだ。
彼は厨房はもちろんのこと、調理技術やレシピなども気前良く公開し、パイを取り合うのではなくそもそも大きくしようよ、という姿勢です。
ダイニングは変わった構造で、螺旋階段で多層階に分かれています。隅田川に面した壁は一面ガラス張りであり見事な眺望。「ウチの店で一番いいのは景色ですから」と屈託の無い笑顔で語るシェフ。プレゼンテーションプレートにあるロゴマークは渡辺家の家紋とのこと。
ランチなので健康的に泡1本で通します。アカデミー賞公式シャンパーニュに採用されたこともある名編。外観はまさにゴールドといった色合い。香りは完熟したフルーツにブリオッシュなどと濃い。泡は繊細でクリーミー。3つのブドウがバランスよく配合されていつつもコクの強い味覚という印象。
見目麗しいアミューズが到着。中央はガスパチョ。質の良いトマトに若干のオレンジ風味で夏そのものみたいな味がします。意外にも底が深いグラスであり、量がたっぷりあるのが嬉しい。
右上は2種のオリーブのマリネ。シンプルで素材そのものの良さがひしひしと伝わってきます。
右は「駒形種亀最中のカナッペ」。老舗のモナカの皮をベースに塩昆布やアーモンド、丹波の黒豆、フレッシュチーズなど。スガラボでも思いましたが、フランス料理と最中の生地というのは相性が良いのかもしれません。
右下は「大心堂雷おこしとフランスの出会い」。浅草名物にフランスの発酵バターが実に合う。アンチョビの塩気と旨味が心地よく、うっかりシャンパーニュに手が伸びてしまう。
江戸ソバリエ(江戸蕎麦の通人を表す民間の資格)でもあるシェフが胸を張るスペシャリテのそばがき。両国のミシュラン星付き蕎麦屋「ほそ川」の蕎麦粉を用いています。
ちなみに私が今日ここに来ようと決めたキッカケはこの料理。日仏スターシェフ5人が1人1皿を担当するパーティでこの料理の豪華版を頂いたのですが、それが気絶しそうなほど旨かったので、すぐさま我が心の行きたい店リストの上位に記しておいたのです。その旨シェフに告げると「いやぁ~、あのイベントはほんと大変で、250人同時提供とか初めてでしたよ!でも、ホテルのシステマティックな調理工程を拝見させてもらえて凄く勉強になりました」
料理に比べるとパンは拍子抜けするほどシンプルでした。しかしロブション時代にはあれだけ凝った多種多様なパンを山ほど用意していたことを考えると、何か考えがあってのことなのでしょう。
「日仏食文化の融合」と称し、和の食材としてミル貝・赤貝・ホタテ貝など春の貝類に、フキノトウ、金柑、立川ウド。コンフィや炙りなどなど、貝類ひとつひとつの調理が全て異なる手の込み方。それぞれの肝をパテにした味覚は日本酒を呼ぶ圧倒的な存在感。仏の食材としてはホワイトアスパラガスにタプナード、ミモレット。単に奇抜なだけでなく、それぞれの食材の存在価値が明確で、整合性の取れた素晴らしい一皿でした。
フランス南西部の港町セートの料理を当店風に。ヤリイカを用いて創ったビスクのような液体の旨さに悶絶。イカの香りと濃厚な旨味。頭を抱えてしまう美味しさです。たっぷりのホタルイカに、こごみ・タラの芽・行者にんにくなど。春の山菜は若干ビターで大人の味わいです。アーティチョーク独特の嫌な風味は微塵も感じられず、全体として密度の高い料理でした。イカ墨スポンジパンて丁寧に皿を拭い、1ミリも余すところ無く完食。
メインには天然のイサキをチョイス。しっとりとポワレし、そら豆・スナップエンドウ・タケノコなどの春野菜をあしらいます。白眉はソース。なんと醤油を使っているとのことであり、目をつぶって食べれば和食とも捉えられ兼ねない攻めの味覚です。しかしこのレベルにまで到達すると日本料理かフランス料理かを論じるのは野暮であり、ナベノイズム料理と言うべきなのでしょう。インカのめざめの揚げニョッキも名脇役。
連れは和牛ほほ肉。この素材の名前を聞くと、自動的に赤ワイン煮込みを想像してしまうのですが、今回はポトフのイメージ。肉は純米酒でマリネし、ブイヨンソースには生黒胡椒を用いるなど刺激的な構成です。ほんの一口味見させてもらったのですが、どこか中華料理を彷彿とさせる興味深い味わいでした。
デザートは席を移動し、隅田川を望みながら。この眺望は当店の美点であり、大切な料理のうちのひとつと言えるでしょう。
デザート1皿目。シャンパーニュのソルベにヨーグルトのメレンゲ、フランボワーズ。ドンパッチ的な弾けるキャンディが楽しく童心に帰ります。ここで木の芽を使うのが挑戦的な試み。
2皿目はデコポンのシブースト。シブーストとはカスタードクリームとメレンゲのあいのこのようなムースであり食感が実に滑らか。シャルトリューズ(修道院の薬草酒)のソルベとソースが複雑性を持たせます。
連れのお誕生日が近かったので、プレートで工夫してもらいました。左上の薔薇やパールは飴細工でありもちろん食べることができます。バラはかなり頑丈に作られているようで、専用のケースに入れて持ち帰らせて頂けました。
ミニャルディーズ。左はカヌレ。黒糖ときな粉を用いており、江戸とフランス料理の融合が徹底しています。
中央はクッサン・ド・リヨン。マジパンで絹織物のクッションを象るリヨンの銘菓なのですが、ここでも抹茶を生地に忍ばせガナッシュは黒糖仕立てと強いメッセージ性。右の生キャラメルには地元の名店カフェ・バッハのコーヒー豆が用いられてるとのこと。
〆のコーヒーも当然にカフェ・バッハのコーヒー豆で。1968年創業の自家焙煎珈琲の草分けであるだけにまことに上質。おいしゅうございました。
ロブションで食べた彼の料理、イベントで食べた彼の料理から演繹するに、恐らく好きな方向性であろうと予測はしていましたが、期待以上にドンズバでタイプな料理でした。革新的だが根本的に美味。また、美味しい・不味いの二元論だけではなく、何をどう考えて、何を主張したくて、何をどう調理したかが手に取るようにわかる構成がすごくいい。世界観がきちんとある。
独立時にはロブションの流れとは異なる革新性のため賛否両論あったようですが、先導するより追従する方が快適な料理界に一石を投じたシェフに、私は惜しみない拍手を送りたい。次回は夜にお邪魔させて頂きます。
■写真付きのブログはコチラ→ http://www.takemachelin.com/2018/03/nabeno.html