22回
2025/01 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
「濃い」というコトバ・・・。
僕がいつも、この店の一杯で使っている「濃い」というコトバ。
説明が必要だとは思わなかったが、勘違いされるようなので、補足する。
コトバンク・デジタル大辞泉 「濃い」では、
1 色合いが強い。「墨が―・い」「―・い藍あい染め」⇔薄い/淡い。
2 においや味などが強い。「塩味が―・い」「百合の―・い香り」⇔薄い/淡い。
3 液体の中に溶けている物質の割合が高い。「―・くいれたコーヒー」⇔薄い。
4 密度が高い。充実している。また、ぎっしりと並んだり詰まったりしている。「霧が―・い」「内容が―・い」「眉が―・い」「魚影が―・い」⇔薄い。
5 度合いが強い。「化粧が―・い」「並木が―・い影を落とす」⇔薄い。
6 可能性などの程度が高い・・・・(以下、省略)
説明文で補完しているつもりだったが、僕が「濃い」というのは、スープの中の煮干しやサバ節の残留濃度のようなモノを指して言っているのである。
つまり、「3」や「4」での用法である。
「2」であるような味の強さ、カエシの醤油ダレの味が、「濃い」とは言っていない。
ただ、今より4,5年前は、その「2」の「濃さ」もあったし、そう希望して作ってもらっていた。
この店の大将とは、ある程度はわかり合っているつもりなので、僕が疲れた顔をしていると、濃くて甘い味わいが強くなる傾向はあったりする。
ただ、最近は、僕が実は「麺屋ごとう」の方が好きだというコトを大将がどこで聞き及んだのか(笑)、そういう方向性のカエシの醤油ダレの分量になってきている。
なので、カエシの醤油ダレは、以前よりも少なめである。
「中華そば」(1,200円) ーー 写真の通り。
いつもの滝野川大勝軒の「中華そば」である。
池袋大勝軒系の中のどの店よりも、煮干し・サバ節の濃度が高い。
濾し方の問題だけでは無いと思うんだ。
分量の問題だと感じる。
この店の大将の性格と言うか、おもてなしの気持ちを知っていれば、想像に難くないが、目分量でドッサリと入れる。
最後のスープ割りの段階で調整している。
だから、大将自らが必ず、一杯一杯、味見をする。
その完成品としてのスープを堪能させてもらっているのである。
うん、今回も大満足。
ごちそうさまでした。
前回も書いたので繰り返さないが、この店の一杯を、あのY氏の大勝軒の味の継承店的に書かれるコトがあるが、僕自身は、池袋大勝軒系の王道の味だと思って食べたコトは一度も無い。
双方とも激しく通った人間として、全く別物だと思っている。
この店において、大勝軒マインドとでも言うべき一杯への情熱やサービス精神以外に、似ていると感じたコトが無い。
(文責:京夏終空、2025.4.25)
(469件/3.37)
2025/04/25 更新
2024/03 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
やや甘めで、濃い、特別な大勝軒が無性に食べたくなるときがある。
いつも書いているので繰り返さない。
ただ、東池袋大勝軒系の王道の味だと思って食べたコトは一度も無い。
多くの方が、「山岸氏のどうこう〜」などと書いているが、双方とも激しく通った人間として、全くの別物だと思っている。
この店において、一杯への情熱やサービス精神以外に、似ていると感じたコトが無い。
「中華そば(小)」(900円)+「のり」(150円) ーー 写真の通り。
うん、濃くて美味しい一杯である。
煮干しやサバ節がギッシリと感じられる味わいである。
故Y氏の池袋大勝軒は、平成の初め頃までしか激通いしていないが、その頃の味とは全くの別物であるように感じる。
大体、その頃のY氏は、こんな濁ったスープは、むしろキライだったハズである。
昭和の時代の、いわゆる「エグみ」と、令和の時代で言う「エグみ」とは違うと思う。
今は、あの頃では受け入れ難かった部分も、多少は受け入れられていると感じる。
灰汁のような成分や、苦みや渋みはダメだろうが、魚臭さやザラつきのような部分は、他の味わいと合わさるコトによって、特徴・クセのように捉えられるように思う。
そして、この店は、そういう方向性の味わいも伴う一杯であると思っている。
ごちそうさまでした。
先客が数名いた時間帯、入口あたりの空席に収まり、大将に気づかれないように、こっそりと食べてみたい衝動に駆られるのだが、スグに見つかる。(笑)
隠れない「かくれんぼ」・・・、何だか楽しかったりする。
(文責:京夏終空、2025.4.1)
(466件/3.37)
2025/04/01 更新
2024/01 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
「分相応」の、お店への「通い方」ってあると思う。
いくら好きだからといって、朝な夕なに駆けつけて、1席を減らす。
多くのファンの中で、独善的な行いは、お店のためになるのだろうか?
何となく、そんなコトを考えていた・・・。
多くのファンに支えられている店であろう。
長年、何度も通っていると、知った顔によく出会う。
まぁ、一番奥のカウンター席に座れば、そうなる確率は上がるのだが。
お互いに認識し合うと、挨拶などもしたりする。
ただ、ムリに大将に近況などを話し始め、常連度競争はしたくない。
僕は、大将から話しかけられれば、ソレに答える程度である。
反対側の隣りの席の学生は、友人同士、受験生だろう。
2人で提供待ちの時間さえ惜しんで勉強している。
難関大学の赤本を手に、友人同士教え合いながら勉学に励んでいる。
かなり過激な発言も聞こえて来る。
〇〇大学はバカだとか、平気で声に出す。
その〇〇大学出身の人が、この空間にいる可能性に考えが及ばないのだろうか?
と、一旦は否定的に考えたのだが、果たして自分の学生時代はどうだったろう?
いや、自分もきっとそうだったに違いない。
こうして大人になって、社会に出て、別に出身大学がどうこうという場面は限りなく少なかったとわかったうえでの判断とは違うと思う。
民間企業の営業系では、絶えず成果主義だったし、起業してからも、もちろん出身大学の名で経営が大きく左右されたコトなど皆無だったろう。
彼ら高校生の「分相応」は、目指すトコロへ突っ走る努力が第一義的であって、余分な未来への危惧など、一切必要ないのであろう。
だから、○○大学出身の人が近寄ってきて、ぶん殴られたときに初めて気づけばイイのである。
まぁ、彼らにとっては、○○大学がバカなだけでなく、暴力大学でもあるという勲章が増えるだけなのだろうが・・・。
さて、滝野川大勝軒である。
大将の体重の減少が気になり続けているのだが、元気ですか?が精一杯である。
僕の常連度合いでは、ソレが「分相応」であろう。
「中華そば 小」(900円)+「海苔」(150円) ーー 写真の通り。
何度もレビューしている「滝野川大勝軒」の中華そばである。
多くの東池袋系の大勝軒の中で、ひときわ濃い味わい。そして、甘さも強めである。
この店の大将の人柄がよく出ている一杯である。
サービス精神旺盛に、煮干しも鯖節も、他の東池袋系の大勝軒よりも多い量が使われている味わい。
もう、見た目からして濃いのは否定できないであろう。
ソレも、カエシのタレとしての醤油の色合いでなく、濁ってくすんでいるスープのダシの色合いに気づくであろう。
夜は、特にその傾向が顕著である。
うん、コレこそが滝野川大勝軒の味わいである。
この店は、具材の量も多い。
この日は、「小」にもかかわらず、チャーシューが、ちょっと多めの印象である。
大将の気持ちが、指先に与える、自然な営み。
コレもまた「分相応」な、絶妙な調整がなされているかのようである。
いくら多弁に語っても、隣りの席の一杯と比べてみれば、明らか。
あぁ・・・、あの店を思い出す。
故Y氏も、いつも黙ってサービスをしてくれた。
そう、答えは、いつも一杯の器の中にあった。
そして、この店もそういう店である。
ごちそうさまでした。
ありがとうございます。
(文責:京夏終空、2025.2.14)
(448件/3.37)
2025/02/14 更新
2023/09 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
いろいろあって、レビューをためらっていた・・・。
でも、それなりには通っているので、徐々に出していく。
<もしも本当なら…と思うと、ちょっと悲しい知らせが届いた。>
というサブタイトルにするつもりだった。
でも、その件には触れずに、純粋にラーメンレビューである。
「中華そば」(1,000円)+「のり」(150円) ーー 写真の通り。
僕のこの店での、1つのパターンである。
海苔で麺を巻いて食べる感じを好んでいる。
東池袋系大勝軒の中でも、特別に濃い魚介風味。
特に、鯖節や煮干。
海苔巻き食いは、この店のそのスープに、特によく合う感じがする。
あまりにも久々にレビューするので、今まで何を書いてきたか振り返らないとわからないのだが、この店の最大の特徴は、やはり濃さである。
で、どういう状態で濃いのかと言えば、粗濾しの状態で濃いスープなのである。
ザラザラしたり、ジャリジャリする場面もある。
個人的には、そういう感じも含めて、好んでいる。
以前は、甘さも特徴だったが、最近は甘みが少なくなった。
まぁ、日により、時間帯により、いろいろだった部分もあるのだが・・・。
うん、滝野川だ。
そう思えるコトが何より。
ごちそうさまでした。
(文責:京夏終空、2024.10.15)
(426件/3.37)
2024/10/15 更新
2023/05 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
久々に大将に会いに行った。そして、これまた久々の「もりそば」。
「珍しいねぇ〜」
そう言って迎え入れられた。
僕が昼間に訪問するのが珍しいのか、「もりそば」の注文が珍しいのか、はたまた双方か。
大将にバレないように、券売機近くの席にこっそり座ったつもりだったのに、スグに見つかった。
わざわざ席まで来ていただき、挨拶し、ちょっとした世間話をする。
あと、増えたスタッフの方の1人は、とある別の大勝軒の大将だった人だ。
紹介しようとされる感じだったが、流石に他客が多くいたので、今回は遠慮した。
「特製もりそば」(1,000円)+「ネギ」(150円) ーー 写真の通り。
この滝野川大勝軒の「ラーメン」と「もりそば」は、全くの別物である。
いや、元来別物なのだが、味わいの方向性もやや違う。
ラーメンは濃くてやや甘くて濁ったスープなのだが、この「もりそば」のつけ汁は、どちらかと言えば澄んでいて、スッキリしている感じがあの店に近いと言えば近い。
だから、鯖節をはじめとした魚介系の強さも少ない。
ただ、甘さだけは、やや特徴的かも知れない。
また、僕自身は、池袋大勝軒の頃も圧倒的にラーメン派だったので、「もりそば」にソコまで詳しくないのかも知れないと思う。
久々に食べた、この店の「もりそば」の味わい。
記録を遡れば、2年2ヶ月ぶりのようだ。
サービスであろう。
のりが3枚。
チャーシューも多いと思う。
あの店も、常連にはいろいろなサービスがあった。
Y氏のそういう面の継承は、この店が抜きん出いるだろう。
儲けようとしていない感じがするのである。
ソレよりも、どうにかして喜んでもらおうと。
京都では当たり前に「おおきに(ありがとう)」と言うが、東京では珍しく、客側が、「ありがとうございます。」を「ごちそうさまでした。」と同時に言わされるのだ。
そのときのY氏の満足そうな顔も忘れられない。
わかってくれる人に喜んでもらう。
そして、その喜びを何より大事にしていた。
メディアやネットでは、一時代だけを切り取ったような、ことさら歪な伝承劇ばかりが繰り返されるが、事実あの店に昭和の時代に通っていた人々の心は、いまも熱く、決して生涯忘れることがないであろう。
この店に来ると、その感覚が蘇るのである。
ごちそうさまでした。
晩年のメディア慣れしたY氏の態度やコトバでなく、本当に常連たちで忙しかった頃の、Y氏の独特な照れ顔や、試行錯誤の悩み顔や、満面の笑みでの接客という部分を覚えていれば、きっとこの店の居心地の良さに落ち着くのだろうと思う。
(文責:京夏終空、2023.5.7)
(331件/3.41)
2023/05/08 更新
2023/02 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
大将、痩せたなぁ〜、体に気をつけてね。
あの池袋の昔の大勝軒、Y氏が厨房に立っていた頃に通っていた人ならわかるだろう。
接客やサービス面の継承では、この店が抜きん出ている。
僕が通っていた昭和の終わり頃から平成の初め頃のラーメン1杯の味わいでは、その味わいを継承している「麺屋ごとう」などとは明らかに違う。
もっと先輩の「大勝軒富士見台」や、ひばりヶ丘の「サニー」や、「おはこ」のような濃度の違いはあれど、同じ系統の味わいともちょっと違う。
基本的に、魚介系が濃いのだ。
使っている分量も明らかに多いのだろう。
煮干、鰹節、サバ節・・・、その中でもサバ節の突出具合は、この店の色だと思っている。
この店も長年通っていると、味に若干の波がある。
昼と夜の味が違うコトは、今までも散々書いてきたのだが、ソレ以外でも、波のようなモノは感じる。
最近は、大将の考えでやや薄めにつくっている。
でも、濃いめにして、とかお願いしたら、そうつくってくれる。
きっと、ある程度の常連になってからだと思うのだが、そういう注文にも応えている。
「中華そば」(1,000円)+「ネギ」(150円) ーー 写真の通り。
何も言わずに出てくる一杯で、大将のメッセージが感じられる。
うん、美味しい。
今日は、この味だ。
その度ごとにレビューはしていない店だし、過去のレビューでは、何度も訪問したのをまとめて1回でアップしたりしているから、きっと、もう100回前後は訪問していると思われる店なのだが、この店の大将は、僕の気分を察してくれているんだと思う。
疲れた顔で訪問したときは、甘くなっているし、ややふくよかになった顔で訪問すると、今回のように淡い感じで出てくる。(笑)
いや、淡いと言っても、他の旧池袋大勝軒よりも濃いのだが。
チャーシューもメンマも、重ねて下からガッツリ出てくる。
コレ、周りの客が常連でない場合は、極力察知されずに食べるべきモノなのだ。
あの店でも、器の中にいろいろ隠されていた。
こういう店って、旧池袋大勝軒系の店で、他にあるだろうか?
最近の人は、ネット上の情報だけで語ろうとする人が多いから、こういう部分に触れられない傾向があるように感じる。
そもそも、僕が通っている当時、客側からあの人のコトを「マスター」などと呼ぶコトは皆無だったと感じるのに、今更のネット情報で、そんな呼び方が流行っているらしい。
虚構ばかりが、どんどん膨らんでいき、歴史的事実が先細っていく。
きっと、これからの世の中、そういう世の中によりなっていくであろう・・・。
そんなコトを憂いながら食べたという話である。
ごちそうさまでした。
(文責:京夏終空、2023.2.14)
(317件/3.41)
2023/02/14 更新
2022/03 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
他人に言われて初めて気づくコトって、たくさんある。
写真を撮らなかったのでアップしていないが、令和4年の一杯目、郷里の知人と訪問したときのコトである。
「そんなに量が多いの?」
全く別の会話をしていたので、一瞬、何のコトなのかサッパリわからなかったのであるが、よくよく自分の行動を振り返れば、自然にズボンのベルトをゆるめていたのである。
あぁ、僕はこうして、いつも無意識にこの店のラーメンと対峙しているんだと、あらためて気付かされたのである。
ただ、ソレだけの話である。
さて、棲家のある池袋ではあるが、仕事の関連がないと、やはり東口は縁遠くなる。
駅前のタカセでパンを買ったり、そのコーヒーサロンで人と待ち合わせをするぐらいであり、東口の中央口から100m程度しか進めていないような気もする。
仕事関連以外でも、区役所が移転し、東急ハンズが無くなった今は、あえてこの店を目指さざるを得なくなった。
何かのついでに、とかそういう理由が消滅してしまったという意味では、訪問頻度は極端に減ってしまったのだが、大将が寂しがるから(笑)、たまに顔を見せる。
「中華そば」(900円)+「のり」(100円)+「ねぎ」(100円) ―― 写真の通り。
のり・ねぎをトッピングする。
各々100円の量ではない。お得感しかない。
にもかかわらず、丼ぶりの、いろいろも多くなっている。
ホントに常連だった頃とは違い、こうして久々での訪問なのに、何だか気が引ける。
滝野川大勝軒の中華そばである。
今回は、昼間の訪問なのに、夜並みに濃さがあった。
ブレない味わいよりも、ブレている味わいの方が、また楽しみの一つだったりする。
何も余分なモノが入っているわけでなく、かと言って足りないわけでもない。
いつものメンバーが、いつものように揃っている。
ただ、メンバー各々の声の張り具合がちょっと違うだけのコトである。
レコードを聞きに来ているわけでなく、あくまでもライブを見に来ている感じ。
最近の論評は、レコード派が多いのか、手厳しい。
この店の大将にレコードは似合わない。
そんな風に、つくづく思う。
ごちそうさまでした。
冒頭の続きである。
その知人、期待が大き過ぎたのか、この店の味わいに心底納得している感じではなかった。
でも、僕に向かって、こう言った。
「この店のコト、好きなんだね。」
(文責:京夏終空、2022.3.9)
(213件/3.40)
2022/03/09 更新
2021/12 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
令和3年、最後の一杯。令和3年、最後の客となった。
来年もよろしくお願いします、そう挨拶を交わして店を出た。
数歩歩いて振り向くと、入口の電気が消された。
滝野川大勝軒、令和3年の仕事納めである。
風の特別に冷たい日、家路につくため歩を進める。
この店の大将には似つかわしくないハレザのキレイな電飾の通りが目に入る。
ゆっくりと歩きながら光の道を感じていると、いや、この店の大将にこそ、この景色は馴染んでいるんだと思えるようになってきた。
大将の不器用でテレのあるたどたどしい話し方や、見た目の大柄な風体には似つかわしくないかも知れないが、大将の気持ちや心は、まさにこんな感じなのだと思った。
芯が透き通って美しい。
そう、見えた。
吹きつける年末の風にもかかわらず僕が暖かく感じるのは、今食べた一杯であり、間違いなく大将との出会いであろう。
今年はこの店ともやや縁遠くなった。
一番はコロナ禍における時間的な制約であるが、ちょっとタイミングが合わなかったときもあった。
長く付き合えば、そんなときもあるだろう。
寸分も気負わず自然体で付き合おう。
「中華そば」(900円)+「ネギ」(100円) ーー 写真の通り。
到着して驚く。
年末の特別バージョンだった。
大将、コレいろいろスペシャル過ぎるよ。
中華そばという名の、スペシャルチャーシューメンマラーメンのようだ。
まぁ、多くの常連客同様の範囲ではあるかも知れないが。
(この店の大将は、故Y氏の中期と同様、常連には普段からいろいろサービスがある。)
令和3年の鍋の総ざらえ、いろいろ詰まっている。
他の大勝軒よりも、夜遅くはいつも濃いめだと書いているが、さらに濃い。
僕がソレを望んでいるのを知っているからこそ、惜しげもなく超濃厚な一杯である。
1年の疲れが吹っ飛ぶ一杯だ。
いろいろな感謝と想いをすすっているようでもある。
うん、特別に美味しいよ。
僕にとっても、今年最後の一杯となった。
ありがとうございます。
ごちそうさまでした。
(文責:京夏終空、2022.1.2)
(180件/3.40)
2022/01/02 更新
2021/09 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
続・最近、時短営業の関係でなかなか食べられなくなり、想いがつのる一杯なのである。
しかし、今回は、ちょっと失敗した。
この店に100回通っているとしたら、その内の95回位は、夜の訪問なのである。
何故なら、夜の方が、圧倒的に濃くて甘い、独特の東池袋系大勝軒を食べられるからである。
もちろん、鍋の状態だけでなく、この店の大将が、僕の好みをわかっていてくれているという部分も大きい。
過去に昼間に珍しく訪問したら、「どう?もう少し濃くした方がいい?」と言われたコトすらある。
「中華そば」(900円)+「ネギ」(100円) ―― 写真の通り。
茶系の色合いは濃いが、透明度があるので、見ただけで、およその味の見当はつくし、実際食べてみても、思っていた味と、そう狂いは無かった。
しかし、実は今回は大将が不在だったのである。
こう言っちゃなんだが、いつもしてくれている暗黙のサービスなどは無くても良いが、味わいは如何ともし難いモノがあった。
でも、逆に、わかった。
あぁ、この店の昼間のノーマルスタイルは、こうなんだと。
キライじゃない。好きである。
ただ、ココまで淡い感じだと、東池袋大勝軒の本店や南池袋店との差別化を強く意識するまでに至らないような気がしてしまった。
むしろ、この店は、カツオ節で体良くまとめ上げようとしていない分、サバ節や煮干がクローズアップアップされてしまう雰囲気なのである。
いや、十分に、美味しかったのであるが、その淡さが好みから外れたように思ってしまった。
今回だけ、評点を下げた。
明らかに、訪問時間と、調理人の件であるが、いつも通りの大盤振る舞いはできないと思ったからである。
ごちそうさまでした。
「13回目」と表示されるが、2,3年前のレビュー写真を見ていただければわかる通り、訪問間隔の期間が短い時は、一度に、4回分、5回分という感じで掲載している。
と、言うか、ソレ以前は、食べログに再訪アップをするシステムなど、当初は無かったのだ。
でも、なかなか今の状況じゃ再訪も厳しいだろう。
落ち着いたら、夜に訪問したい。
一日の疲れが吹き飛ぶような、飛び切りの一杯を楽しみにしている…。
(文責:京夏終空、2021.9.10)
(1475件/3.41)
2021/09/10 更新
2021/02 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
最近、時短営業の関係でなかなか食べられなくなり、想いがつのる一杯なのである。
仕事の関係で、夜の遅めの訪問が圧倒的に多かった。
その日の最後の方なので、元スープは、日中よりも濃くなっている。
いや、もちろん、ある程度薄める調整はするのだが、質感の問題である。
僕は、その遅い時間帯の、濃いスープを甘めにつくってもらう一杯が何とも好きなのだ。
知らない人が、あのY氏の大勝軒の味だとか言うが、全く別物である。
多くのいわゆる東池袋系の大勝軒の中で、ココまで違う一杯は少ない。
昼間の早い時間帯ならまだしも、夜は別物である。
「濃くて、甘いの」と、あえて、そう注文するコトもある。
僕の身体にとっては、きっと罪な一杯だが、やめられない一杯なのである。
「もりそば」(900円)+「ネギ」(100円) ―― 写真の通り。
たまに食べられるときに、思いっきり食べる。
幸せで、何にも代え難い、そんな一杯である。
大満足。
ごちそうさまでした。
(文責:京夏終空、2021.3.19)
(170件/3.42)
2021/03/19 更新
2021/01 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
一杯一杯が、オンリーワンの芸術なのだ。
ラーメンが、手元に届くまで、今日はどんな感じだろう?
そういう楽しみがある。
見た目も、若干の味わいの相違も、である。
この店の大将は、寸分の狂いが無い全く同じモノを複製しようとはしていない。
カエシ・スープ、そして麺が入ったときの丼ぶりに対峙した、その瞬間、早業の芸術が花開くのである。
必ず一杯一杯味見をする。
その時の、真摯な目つきは、ちょっと怖いぐらいだ。
しかし、その味を確かめるや否や、スグに早業のフリーハンドの芸術の作製が始まるのである。
チャーシュー、メンマ、ナルト、ノリ、薬味ネギ。
今回は、「野菜ラーメン」(1,150円)、ソコに更に炒め野菜が加わる。
うわぁ~、来た。
マシマシ状態。
ゆっくり食べていると、野菜の重みで上部が沈み始め、スープがこぼれそうになる。
ほぼモヤシだけのマシマシでは無い。
いや、むしろ、モヤシは少ない。キャベツの方が圧倒的に多いし、玉ネギ、ニンジンなども入っている。
炒め油が、滝野川大勝軒のスープに融合し、いつもの味わいとは明らかに違う様相を呈する。
芯の元味はシッカリしているので、概ねの方向性は変わらないのだが、炒める際の油以外にも、塩やコショーの味わいもプラスされている。
「もり野菜」は、幾度か挑戦したコトがあるが、「野菜ラーメン」は初めてだったかも知れない。
うん、美味しい。
そして、腹一杯。
大満足。ごちそうさまでした。
写真は、別日のチャーシューメンも掲載している。
令和2年最後の一杯も、令和3年最初の一杯も、当然に、この店である。
話は変わるが、よく、「味が一定しない」とか「ブレ」だとか、悪意を以って書かれるコトがあるが、使っている食材の旬などを把握せずに、一方的に言い放つだけでは、どうかと思うのである。
節は、ある程度、一定の味わいを出せる保存食品だが、煮干は、なかなかそうはいかない。
煮干の漁がいつ解禁で、いつまでかご存知ですか?
獲れ立て、干し立てが必ず新鮮である。
僕は、一昨年まで7年間、6月半ば過ぎに、その年の伊吹島燧灘の初物を毎年食べてきた。
漁師さんが直接送って来たモノを、お裾分けしてしてもらっていた。
いくら、真空パックに入れても、当然に味は落ちる。
単体の味わいとして落ちるのだ。
でも、ダシの場合は、量や他の工夫で、ある程度挽回するコトもできる。
僕が、天下一品のこってりラーメンを各店でいろいろな評価をしているとき、とあるレビュアーさんから「セントラルキッチンなのでは?」と質問いただいたが、同様に、セントラルキッチンでも、使っている食材に旬があるから、味わいは必ずしも一致しない。
また、昔ながらの天一の店舗では、あくまでもセントラルキッチンのスープをベースに作り変えたりしている。
いつも安定だと言う人は、安定の定義の幅が広いのか、化学調味料部分にのみ着目しているのでは?と逆に思ったリする。
鶏ガラの味わいは大きく変わらなくとも、野菜などは、毎年、季節によって違う。
だから、甘みや旨みを強く感じるときや、そうでないときがあったりする。
この店、昨年春過ぎから秋頃まで、ちょっと薄めになる傾向が強かったが、また再び、濃くて甘めの大勝軒が戻ってきた気がする。
その味が、好きな人の場合、今が、この店の旬である。
(文責:京夏終空、2021.1.29)
(164件/3.41)
2021/01/28 更新
2020/12 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
馴染みの店に、馴染みじゃない風に紛れ込めるか?(笑)
適度に混み合っていて、いつもの指定席が埋まっていると、ついつい入口近くの壁を向いて座る席に、大将に気付かれぬようこっそり座るパターンの日がある。
今の時代は、マスクも必須である。
上着の襟を立て、髪型が認識されていなければ、わかない風である。
食券を確認しに来るのは大将ではない。
うん、いいぞ、気付かれていない。
ある日は、「チャーシューメン」(1,300円)+「ネギ」(100円)。
また、ある日は、「中華そば」(900円)+「ネギ」(100円)。
ソレに、「のり」(100円)をさらにトッピングする日も。
滝野川大勝軒の、東池袋大勝軒系の他店より、濃いめ甘めで、節系濃度の高いスペシャルな大勝軒のラーメンである。
挨拶して入店し、いつもの席に座るときは、近頃、今日は濃いめでとか、今日は薄めでとか、注文する場合もあるが、わからないように紛れ込んでいる場合、ソレができないのが唯一の欠点である。
あぁ、でもダメだ。
完全に気付かれている…。
チャーシューメンでは、海苔の枚数もチャーシューの総量も多い。
中華そばなのに、チャーシューメンのように、チャーシューの枚数が多い。
何も会話せずとも、いや、目すら合わせなくても、常連サービスが行われている。
いつも、ありがとうございます。
昔の、あの大勝軒で、故Y氏が厨房に立っていた頃に行った人ならわかるだろう。
あの店も、こういう常連サービスが行われていた時代があった。
ワンタンメンを注文していないときに、ワンタンを食べた回数なら誰にも負けない一時期もあった。
この店は、何度も書いているが、あの「大勝軒マインド」の真の継承店の筆頭である。
(文責:京夏終空、2020.12.21)
(163件/3.41)
チャーシューメン、ネギ。
別の日、中華そば・ネギ。
別の日、中華そば、海苔・ネギ。
やや濃いめ、表情。
やや濃いめバージョン。
やや薄めバージョン。
チャーシューメンじゃない。
チャーシューメンじゃない。
いつかの。
たまには。
たまには。
2020/12/21 更新
2020/07 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
ここ数年で一番訪問回数が多い大勝軒。(下書き整理に伴うアップ)
いつも遅い時間に、濃くて甘い大勝軒を楽しんでいるが、ちょっと早めに行くと、いつもよりやや薄くて、甘さも少なかったりする。
僕が、何故早い時間に来るのかを知っているT氏は、より薄くつくってくれたりする。
前回、前々回などと写真を見比べてもらえば明白だろう。
僕は、食べ物の写真は、よほど店内が暗いとかの場合を除いて、基本的に無加工である。
だから、カメラの性能通りの色合いである。
「中華そば」(900円)+「のり」(100円)+「ねぎ」(100円) ―― 写真の通り。
訪問したその度ごとにアップするつもりはないが、良い写真が撮れたので。(笑)
のり・ねぎをトッピングする。
各々100円の量ではない。お得感しかない。
にもかかわらず、丼ぶりの、のり・ねぎも多くなっている。
いわゆる常連サービスの一つだろう。
他の客の入りや、座る席によって、この常連サービスは変わる。
あまり、あからさまには、という配慮がなされている。
今回は、冒頭の通り、やや薄め甘さ控えめでつくってもらった。
そうそう、こういう気分だった。
すべて見抜かれている。
大満足。
ごちそうさまでした。
(文責:京夏終空、2020.10.9)
(159件/3.41)
2020/10/09 更新
2020/06 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
僕の体調や気分までわかってくれる店。
そういう店を増やせていけたら、などと思うのだが、なかなか…。
入店し、券売機のチケットを渡すや否や、
「先輩、今日は、甘いヤツで…。」
(この店の大将T氏は、僕のコトを先輩と呼ぶが、T氏の方が年上である。念のため。(笑))
そう、その日、僕は疲れていたのだ。
顔の表情などで、悟られたのかも知れない。
「そう、そう、甘いヤツで。」
そう、お願いする。
いつも、僕は、この店で、やや甘めを控えめにつくってもらっているのだ。
でも、この日は、特別。
通うこと、軽く100回は超えているだろう。
僕の体調や気分までわかってくれる店である。
「もり野菜」(1,150円) ―― 写真の通り。
もう、見た目から元気をもらえる。
「もり野菜」とは、「もりそば」+「トッピング野菜」という解釈が普通だろうが、この日の場合は、「山盛り野菜」であり「山盛りネギ」であり、とにかくもりもりの姿で登場した。
この店で「もり野菜」を注文したのは、おそらく3、4回目だろうが、その度ごとにパワーアップしている感じは受けていたのだが、ひょっとして、今までも僕の表情を読み取られていたのかも知れない。
また、普段、チャーシューやネギや海苔などを僕がトッピングするコトを知っているので、どれも、ノーマルより数が多い感じなのだろうと思う。
いわゆる常連サービスである。
でも、目の届く範囲に他客がいる場合は、当然に控えめになる。
この日は、まわりに誰もいなかったので、特別山盛りだったのだ。
こういうマインドも、実は、あの「大勝軒」から引き継がれている。
あの店でも、ラーメンの中に餃子が入っていたり、チャーシューの端切れがサービスで入っていたり、いろいろな常連サービスがあった。
もりそばなのに、食べ始めようとしても、麺を入れるスペースすら無い。
「コレ、入れられないよ。」
そう、愚痴をこぼしてみると、
「小皿、出しましょうか?」
と、くる。
「いやいや、大丈夫。」
そう言って、マシマシ野菜をある程度片付けてから麺をすする。
うん、甘い。
うん、美味しい。
そして、腹一杯。
そんな夜だった。
ごちそうさまでした。
ありがとうございました。
(文責:京夏終空、2020.6.12)
(155件/3.42)
2020/06/12 更新
2020/04 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
…こんな時だから、会いに行かなきゃいけない人がいる。
もちろん、ステイホームが原則だから、食料品の買い物に出るついでに、たまにの外食。
「讃岐うどん河野」のオヤジさんと、この店の大将には会わねばならないのだ。
会ったからって、別に大した話をするわけではない。
お互い、こんな時を、何とか乗り越えている、その「阿吽の無事」を確認し合うだけである。
「中華そば」(900円)+「ネギ」(100円) ―― 写真の通り。
昼時の、特に早めの時間帯は、この店のラーメンも、通常に比べやや薄い。
いや、悪い意味での薄いではなく、淡くはんなりとした味わいなのである。
スープの表情を見れば、一目瞭然である。
でも、この店の大将は、いつも夜遅くばかりの僕が、何故この時間に来るのかを知っている。
だから、あえて、通常以上に淡くつくってくれるのだ。
「どう?もう少し濃くした方がいい?」
そう投げかけられるが、いや、コレが良かったと答える。
前回以前のレビューでも書き続けているが、僕は『やや甘めで、濃い、特別な大勝軒が無性に食べたくなるときがある。』という意味合いでホントはこの店に通っているのだが、普通の東池袋系大勝軒寄りの味わいも楽しませてくれる。
ありがたい。
大満足。ごちそうさまでした。
今、変則的に、日曜日休業になっている。
いろいろあるだろう。まだまだ、乗り越えなければならない。
当たり前だったコトが、当たり前にできない。
一日も早く、いつもの笑顔で、語り合いたい。
僕の心の中には、いつも「大勝軒」がある。
あの店と、ともに…。
(文責:京夏終空、2020.5.6)
(151件/3.42)
2020/05/06 更新
2020/04 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
やや甘めで、濃い、特別な大勝軒が無性に食べたくなるときがある。
いつも書いているので繰り返さない。
ただ、東池袋大勝軒の王道の味だと思って食べたコトは一度も無い。
そういう意味でも特別なオンリーワンの味わいなのだ。
池袋から駒込に移転した「麺屋 ごとう」をはじめ、東池袋大勝軒系の味わいの店には、多く通う。でも、たまにこの店に戻りたくなるのである。
もちろん、味わいのアクセントとしての意味合いが一番大きいのだが、もう一つ、この店の大将に会わなければイケないのだ。
何度か訪問されている方にはわかるだろう。
この店の大将、あの大勝軒から引き継いだ、大勝軒マインドを強く持っているのである。
あの大勝軒に足繁く通った先輩のコトバを思い出す。
「ホントは、家でメシ食ったから腹一杯なんだよ。でも、行っちゃうんだよ。」
そんな店でもある。
「中華そば・ネギ・のり」(1,100円) ―― 写真の通り。
と、書くが、器のビジュアルは、その日の大将の気分もあり、いろいろである。
一度として、同じ表情でないような気もしてくる。
また、トッピングの「ネギ」は、別皿でいつも大量で山盛りであるが、山の表情も変わる。
同様に別皿のトッピングの「のり」は、およそ10枚から15枚の間で変移しているように思う。
実は、味だってそういう部分がある。
今回、昼の訪問であるが、夜と変わらない感じで、濃くて甘めだと思った。
大勝軒のスープの中でも、煮干、サバ節が煮詰まったように濃厚で、大将好みの甘さが加わる。
今まで、昼間にも何度か訪問しているが、その味わいは、夜に比べてやや薄い印象はあったし、大将から、そう告知されたコトすらある。
ソレも、ストレートに、「どう?薄いでしょ?」と。週2、週3と、夜ばかり、激通いしていた頃である。
大将は、基本的に客人に提供する1杯1杯のスープの味見を怠らない。
その時の、真剣な眼差しがカッコイイ。
その味見を通して、味わいの幅を確認して、あえてブレている部分を告知される場合もあるし、純粋無垢に、今日のはどうですか?と聞いてくる場合もある。
そんな他愛も無いやり取りの果てに、この店の大将のマジック、大将のペースにはめ込まれてしまっているのである。
やはり、今回も、大満足。
ごちそうさまでした。
(文責:京夏終空、2020.4.14)
(152件/3.40)
2020/04/14 更新
2019/11 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
一度知ってしまった蜜の味は、たまに無性に食べたくなるのだ。
この店は、いわゆる東池袋系の大勝軒の中でも、甘くて濃い部分において、他店のモノと大きく異なる。
特に、時間の経過とともに、その濃さが増す。
昼食べる一杯と、夜食べる一杯では、明らかに印象は異なってくる。
店主は、味を一定にさせようとは思っていない。
たまに、昼行くと、どう?薄いでしょ。などと店主の方から言ってくる。
僕が、いつも夜遅くに訪問しているからだ。
まぁ、その「薄い」も他店に比べれば、十分濃いのだが。
もう、100回近く訪問していると思う。
地元、池袋というコトもあり、ここ2,3年では大勝軒の中で一番の訪問頻度となっている。
ただ、池袋時代からの生涯訪問回数№1の駒込「麺屋ごとう」や、他の大勝軒を合わせた訪問総数と比べると、まだ少ない方なのである。
僕自身、この店は、いろいろな大勝軒で食べて、いつも戻ってくる感じの店でもある。
この店は、僕にとって、冒頭に書いたように、大勝軒の中で「蜜の味」なのである。
逆に言えば、大勝軒の王道の味だと思って食べたコトは一度も無い。
甘くて、濃い、特別な大勝軒が無性に食べたくなるときがあるのである。
「チャーシューメン+のり+ねぎ」(1,500円) ―― 一番目の写真の通り。(別日の写真も掲載。)
1,500円は、一般的にはかなり高いのだろうが、この店は、その濃さにおいて他店より、1杯あたりの材料費を要している感じなので、何だか、高いとは思えないのである。
薄いのが出てきたら、ラーメン1杯1500円は高いよぉなどと思ってしまうのだろうが…。
味に対する対価の問題では無い。
材料費に対する対価の問題である。
追加の「のり」や「ねぎ」の量も、多いのが何ともイイではないか。
いつものように、美味しく、腹一杯で、大満足。
ごちそうさまでした。
最近、大勝軒だけの話では無いのだが、どうも、魚介系=カツオ・昆布などのように、突出した味わいだけなのでは?と、錯覚している人が多いように感じる。煮干の下支えの味わいとか、サバ節のコクなど見過ごされている感じを受ける。
魚介系のコトバの定義について、ああだこうだと言うつもりは無いのだが、感じる人と、感じない人の差なのではなかろうか?と思ってしまう。
主観とか好みとかではなく、事実として、この店の1杯における魚介系材料量は、他店より多いからである。
妙なコトを書くが、個人的には、この店の評価は「3.5」を超えて欲しくない。
今ぐらいの評価が、ちょうどイイと感じる。
何故なら、7割がT氏の人柄であり、3割が蜜の味だからである。(笑)
(文責:京夏終空、2019.11.24)
(145件/3.46)
2019/11/24 更新
2019/05 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】
「令和」最初の一杯は、もちろん「滝野川 大勝軒」で。
僕が、ここ2、3年程で一番通っているラーメン店。
いつもは、ほとんど夜なのだが、ごくたまに昼間にお邪魔する。
ラーメンを食べに行くのだが、どちらかと言えばそれよりも、T氏に会いに行く感覚。
「先輩、令和もよろしくお願いします。」
「いえいえ、コチラこそ、よろしくお願いします。」
その他愛も無い会話をするコトに意味がある。
(ちなみに、「先輩」とか「旦那さん」とか言われるが、ホントのそういう意味では無い。T氏独特の照れの裏側にある優しいコトバである。)
つまるところ、人と人とは、コミュニケーションである。
「コミュニケーション」と、日本語に上手く訳せていないから、日本人が古来から苦手としている分野の一つかも知れない。
だから、50回会おうが、100回会おうが、お互いを思えばこその「照れ」のようなモノがある。
そうなんだよね。
ムリしなくてイイんじゃないかな?
…その部分。
競争社会では、ああだこうだと言う。
自分の主張をハッキリとするコト、相手の主張をハッキリと理解するコト。
何も、僕らは、せめぎ合ってのみ生きているわけではない。
ぼんやりと、ゆっくりと、たまにすれ違って生きていたってイイじゃないか。
お互い尊敬し合い、お互い感謝し合えれば、ソレ以上、何も要らない。
妙な感覚を持ちだすから、明解でないとか、誤解が生じた時に後戻りできなくなるのだ。
いつも、こういう論調にしかならないのだが、ソレこそが、この店の一番のエッセンスなのだから仕方ない。
かつてのY氏の池袋大勝軒。
その店の、そのY氏の、一番優しかった頃の、一番大事にしていた、東池袋系の大勝軒マインドが、間違いなく今のこの店にはある。
暖簾とか、守る会とか、そんなコトより、今、まさに対峙しているお客一人一人に対して、T氏は多大に気を遣っている。
混み合っている時は、本人自身、不本意な結果となるコトもあるだろう。
でも、最大限、努力されているのがよくわかる。
この店で、あえて伝えたいコトは、そのコトだけかも知れない。
「ラーメン・ねぎ」(950円) ―― 滝野川大勝軒のラーメンである。
夜よりも、濃さは少ない。
また、僕は、あまり甘めにつくってもらってもいない。やや甘さは控え目だ。
疲れた時は、もりそばのつけ汁を甘くつくってもらうコトもあるが。
チャーシューの下に、さらに何枚もチャーシューが隠れていたりするコトもある。
あの店の、餃子を思い出したりする。
カツオより圧倒的に配分の多いサバ節と煮干しが、最高にイイ香りを放ち、味わいを深くする。
T氏は、必ず、つくったスープ一杯一杯の、味をシッカリと確かめる。
その時の、真剣な眼差しも好きだ。
今日も、ウマかった。
ごちそうさまでした。
このラーメンが、僕にとって「令和」最初の一杯となった。
もし、いがみ合っている隣人がいても、優しい気持ちで、尊敬し、感謝する。
そんな「令和」でありたい。
(文責:京夏終空、2019.5.3)
(131件/3.58)
2019/07/28 更新
2019/04 訪問
東池袋1丁目、「滝野川 大勝軒」。【79th】★訪問回数60回以上。
この2、3年位、僕が、池袋で一番通っているラーメン店。
「麺屋 ごとう」が駒込に移転してからは、間違いなく一番再訪回数が多いラーメン店である。
前回、前々回とああだこうだと書いたので、繰り返さない。
しかし、あのY氏の大勝軒をこよなく愛した者として、この店の心地良さはたまらないのである。
端的に言えば、同じ東池袋大勝軒系としたら、この店の味わいは、あの大勝軒から、ある意味一番遠いかも知れない。
何しろ、濃くて甘い。
昼間もソレが十分に感じられるが、夜遅くになると、ソレがより顕著になる。
でも、もし、あのY氏の店の「大勝軒マインド」というモノが存在するなら、一番近い。
前回も書いたように、心地良い憧憬、心地良いふるさと、心地良いひととき…。
そんなモノがある。
さらにもう一文だけ繰り返せば、「量も味のうち」。
そして、「気持ちも味のうち」。
あのY氏の大勝軒に足繁く通った先輩のコトバを思い出す。
「ホントは、家でメシ食ったから腹一杯なんだよ。でも、行っちゃうんだよ。」
繰り返さないと書いて、結局、である。
何故なら、この店の一番のエッセンスは、ソコだからである。
昨年の5月下旬に、一斉に値上げした。
チャーシューメン、ねぎ、のりとボタンを押すと、1,450円になる。
しかし、他の東池袋系のどの店よりも、CPは良いと感じる。
何故なら、「濃い」からだ。
1杯あたりに使っている食材量は間違いなく多い。
あと、通っている人なら気付いている人もいるかと思うが、今年になりしばらくしたら、麺が変わった。
個人的には、以前の若干表面のぼそぼそ感の残る麺が好きだったが、やけにツルツルし始めた。
スグに気づき、大将とその件について少々お話をしたが、理由を飲みこんだ。
もう一つ今年になって変わったのは、従業員。
あのお兄ちゃんとも、よくいろいろな話をしたのだが、残念。
僕は、基本的に、あのY氏の大勝軒でも「もりそば」より「ラーメン」の方が圧倒的に多かった。
この店でもそうだ。「麺屋ごとう」でもそうだ。
気分次第なのだが、おそらく、8:2位の割合でラーメンだと思われる。
「チャーシューメン・ねぎ・のり」(1,450円)
「チャーシューメン・ねぎ」(1,350円)
「チャーシューメン・のり」(1,350円)
「中華そば・ねぎ・のり」(1,050円)
「中華そば・ねぎ」(950円)
「もりチャーシュー・ねぎ」(1,350円)
「もりチャーシュー」(1,250円)
「もり野菜」(1,100円)
こんな感じのパターンなどなどだが、あくまでも気分次第。
でも、何を注文しても、この店の味わいの響きや揺らぎは、崩れない。
「濃い」と簡単に書いたが、豚骨部分より、魚介部分の濃さがバランス的に強い。
つまり、サバ節や煮干しがカツオ節よりメインとなる。
だから、妙な言い方だが、魚気分の時にも、何だか合致するラーメンである。
客によって、味が若干違ったりする。
あくまでも、基本は存在するのだが、僕は自分の好みの味を伝えているので、基本形よりは甘さが少ない。
でも、たまに、もりそばの時は、甘くつくってもらったりしている。
もちろん、ラーメン店だから、皆、ラーメンやもりそばを食べるのだが、それよりも、多くの客が、大将のT氏に会いに来ている気がする。
そんな、店。
(文責:京夏終空、2019.4.8)
(131件/3.58)
2019/05/03 更新
特別な大勝軒が無性に食べたくなるときがある。
いつも書いているので繰り返さない。
ただ、東池袋大勝軒系の王道の味だと思って食べたコトは一度も無い。
多くの方が、「山岸氏のどうこう〜」などと書いているが、双方とも激しく通った人間として、全くの別物だと思っている。
この店において、あの店と似ているのは、一杯への情熱やサービス精神であり、味わいについては似ていると感じたコトが無い。
「中華そば」(1,200円)+「のり」(200円) ーー 写真の通り。
うん、濃くて美味しい一杯である。
煮干しやサバ節がギッシリと感じられる味わいである。
オマケに、普通の「中華そば」なのに、チャーシューやネギも多めである。
いつもありがとうございます。
故Y氏の池袋大勝軒は、平成の初め頃までしか激通いしていないが、その頃の味とは全くの別物であるように感じる。
大体、その頃のY氏は、こんな濁ったスープは、むしろキライだったハズである。
昭和の時代の、いわゆる「エグみ」と、令和の時代で言う「エグみ」とは違うと感じる。
今は、あの頃では受け入れ難かった部分も、個性として多少は受け入れられていると思う。
灰汁のような成分や、苦みや渋みはダメだろうが、魚臭さやザラつきのような部分は、他の味わいと合わさるコトによって、特徴・クセのように捉えられるように思う。
そして、この店は、そういう方向性の味わいこそが躍動している一杯であると思っている。
うん、満足。
ごちそうさまでした。
(文責:京夏終空、2025.7.23)
(487件/3.37)