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夜の点数:3.9
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¥5,000~¥5,999 / 1人
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料理・味 4.0
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|サービス 3.7
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|雰囲気 3.6
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|CP 4.5
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|酒・ドリンク 3.0
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[ 料理・味4.0
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| サービス3.7
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| 雰囲気3.6
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| CP4.5
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| 酒・ドリンク3.0 ]
予約不可・現金のみ。だからこそ残る、本物の町寿司
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2025/10/20 更新
——便利さや華やかさは、この店の魅力ではない。あるのは、毎日変わらぬ職人の手と、富山の海が運んでくる旬の恵みだけだ。
富山市の中心部、総曲輪商店街。アーケードの下には昔ながらの専門店や喫茶店、地元スーパーが軒を連ね、平日でも買い物客や常連が行き交う。そんな商店街の一角に、控えめな看板と暖簾を掲げた寿司店がある。観光でこの通りを歩いても、うっかり通り過ぎてしまいそうな佇まい。しかし、一歩中に入れば、その空気は一変する。
カウンターの向こうでは、70歳を超える大将が静かに構え、職人包丁の刃が光るたび、金属音が小気味よく響く。大将の横には息子さんが立ち、目配せひとつで握りと仕込みを分担する。無駄のない動きは、まるで長年の連れ合いが会話をせずとも意志を通わせるかのようだ。客席からは、シャリを切る音、煮切り醤油の香り、時折混じる笑い声。観光で来た人も、近所の常連も、その空間に自然と溶け込んでいく。
この店では刺身単品の提供はなく、すべて寿司としてシャリと合わせる昔ながらの形式を貫いている。かつてはテーブルに手をすすぐための水が流しっぱなしになっており、立ち寄った客が手早く口に運べるよう工夫されていたという。今はその水も止まり、ゆっくり腰を据えて味わう空間に変わったが、根底にある“日常に寄り添う寿司”の姿勢は変わらない。
ネタは毎朝の仕入れで決まる。富山湾の海は季節ごとに表情を変え、寒ブリ、白エビ、ホタルイカ、アジ、ノドグロと、日ごとに違う魚が店のケースに並ぶ。握られる一貫は大ぶりで、噛むほどに魚の旨味と酢飯の酸味が混ざり合う。穴子が登場する日もあれば、軽く炙ったカマスや、香り立つ焼き物がカウンター越しに出されることもある。クラゲは驚くほどに旨味が濃く、タコは絶妙な茹で加減で、噛むたびにじんわりと甘みが広がる。
観光で訪れるなら、まずは「富山の味握り」を注文してほしい。富山湾の代表的な魚介を一度に味わえる盛り合わせで、旅行者には最高の入門編だ。白エビの繊細な甘さ、ホタルイカの濃厚な旨味、季節ごとの白身魚のしっとり感——その日その時の海の表情を、手のひらサイズの一貫に閉じ込めている。
この店には予約制度はない。来店後、店頭の紙に名前を書いて順番を待つ方式だ。週末や観光シーズンは混み合うため、開店時間を狙うのが賢明。支払いは現金のみで、キャッシュレス派は事前に準備しておく必要がある。こうした“現代的でない”条件は、一見ハードルに思えるかもしれないが、それこそがこの店の魅力でもある。便利さやスピードよりも、毎日変わらない味と所作を守るための選択だからだ。
席はカウンターとテーブルがあり、カウンター席では職人の所作を間近に感じられる。シャリを握る指先の圧の加減、ネタをシャリに乗せるわずかな角度、煮切り醤油をひと刷けするタイミング——そのすべてが一貫の完成度を左右する。テーブル席は落ち着いて会話を楽しみたい人や家族連れに向いている。
総曲輪商店街という立地も、この店の味わいを深めている。買い物帰りに立ち寄る地元の常連、出張や観光で偶然見つけた県外客、そして“ここに来るために”商店街を歩く食通。それぞれの理由で暖簾をくぐり、寿司を頬張り、満足げに店を後にする。派手な看板も、SNS映えするような演出もない。ただ静かに、その日の海の恵みと、変わらぬ職人の手仕事がここにある。
利便性や流行を追わないからこそ、この店は残っている。予約不可、現金のみ——その不便さの向こうに、時代に流されない寿司の姿がある。観光で訪れる人にも、商店街を歩き慣れた常連にも、等しく一貫を差し出すその空気感こそ、本物の町寿司の証だ。富山を訪れたなら、一度は足を止め、その暖簾をくぐってみてほしい。