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夜の点数:3.6
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~¥999 / 1人
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料理・味 3.6
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|サービス 3.1
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|雰囲気 3.0
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|CP 3.9
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|酒・ドリンク 3.0
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[ 料理・味3.6
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| サービス3.1
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| 雰囲気3.0
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| CP3.9
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| 酒・ドリンク3.0 ]
平日夜、閉店間際。静寂のなかで遭遇した“咆哮する一杯”。
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2025/10/28 更新
仕事終わり、デスクの灯りが消えたオフィスを後にし、同じく残業明けの後輩と下北沢の坂道を歩いた。街の喧騒はすでに遠く、コンビニの明かりだけが頼りになるような時間帯。目的地はただひとつ——千里眼。学生時代から何度も足を運んだ故郷のような店だ。
その夜、ようやくその黄色い看板が視界に飛び込んできた。派手なのに、妙に落ち着いた存在感。ラーメン界の重鎮のような風格。暖簾はない。ただ、淡々と輝く「千里眼」の文字。その下に吸い寄せられるように扉を開けた。
信じられない。あの有名店に待たず入店。閉店間際という奇跡。厨房からは、豚骨スープの香りが濃密に漂い、湯気がゆらめいている。
券売機の前で、少し迷いながらもラーメンを注文し、麺は200gをコール。トッピングは野菜マシとマシマシの間、にんにくマシマシ、ヅケアブラマシマシ、辛揚げ別皿。
カウンター席に座ると、ステンレスの光が冷たく反射している。奥では店主が無駄のない動きで麺を上げ、アブラをすくい、丼に注ぐ。トン、と音を立てて丼が置かれた瞬間、世界の色が変わった。
目の前に現れたそれは、ラーメンというより“山”だった。
もやしが山脈のように積み上げられ、その頂にヅケアブラが輝く。白く濁った脂の中に、にんにくの粒が雪のように舞い降りる。
照明の下で背脂が煌めくその光景は、まるで罪を可視化したようだ。だが、誰も止められない。
箸を入れると、まずは麺の抵抗。極太で、どこまでも頑固。スープをまとってずっしりと重い。噛みしめるたびに小麦の甘みが押し返してくる。
スープは濃厚豚骨に醤油の鋭さが重なり、ヅケアブラがそれを丸め込む。そして、別皿の辛揚げを投入する。
その瞬間、世界が爆ぜた。
香ばしさ、辛み、旨味、脂の甘み——それらが渦を巻き、舌の上で暴走を始める。
熱く、重く、濃く、しかし不思議と止まらない。中毒的な一体感。気づけば後輩も無言で箸を動かし続けている。
「これ、スープ飲んだら死にますね」
後輩の一言に笑いながらも、レンゲを止められない。
危険だと知りつつも、もう少しだけ、とすくってしまう。人間の本能に直結した旨さとは、このことだろう。
食べ終えた丼の底には、油の残像が揺れていた。
もう何も入らないはずなのに、どこか満たされない。
胃の奥でアブラがまだ歌っている。
それでも、後悔は一滴もない。むしろ心のどこかで、「また来よう」と思っている自分がいる。
千里眼——それはラーメンの皮を被った“儀式”だ。理性を剥ぎ取り、本能だけで向き合う食体験。食べるのではなく、挑む。挑んだ者だけが知る、多幸感の終着点。
外に出ると、夜風がやけに優しく感じた。
満腹を超えた幸福感に包まれ、ふと空を見上げる。黄色い看板の光が、まるで満月のように街を照らしていた。
その光に照らされながら、思った——
「また、あの山に登りたい」と。