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2025/12訪問
1回
埼玉に戻り、カレーの記憶を辿る物語
2025/10訪問
1回
幼い頃から約20年を過ごした東所沢で、中華といえば真っ先に思い浮かぶのがこちら「十一番」。現在は港区に引っ越しましたが、地元での思い出が詰まった特別なお店です。お気に入りはレバニラに麺が付く定食。派手なアレンジや奇をてらった味ではなく、どこかホッとする、昔ながらの中華屋さんの味わいです。変わらない大将と奥さんの笑顔と手際の良いサーブは、今でも変わらず迎えてくれ、まるで帰省したかのような安心感を与えてくれます。実家に帰るたび、自然と足が向き、「やっぱり帰ってきたな」と感じさせてくれる存在です。味だけでなく、時間の流れや記憶までも一緒に味わえるこの店は、私にとってのご褒美食堂。これからも変わらず元気に続けてほしい、心からそう願っています。地元の方も、そうでない方も、ぜひ一度訪れてみてほしい一軒です。
2022/08訪問
1回
昼下がり、予定していなかった方向へ人生の舵がわずかに切られることがある。この日がまさにそうだった。ひょんな流れから、気づけば埼玉の一角、ラーメン屋の前に立っていた。強い意志があったわけではない。ただ、「煮干し」という二文字が、静かに背中を押してきただけだ。 店の前には人だかりができていた。昼のピークはとうに過ぎているはずの時間帯にもかかわらず、外に7〜8人待ち。店内は10席ほどと聞いて、なるほどと頷く。待ち場所は階段。冬の冷え込みと、足元の心許なさが相まって、正直これは少々つらい。それでも人は並ぶ。並ばせる理由が、この店にはあるのだろうという予感が、すでにここで芽生えていた。 自分の中には「煮干しならここ」という絶対的な基準がある。ただし、それは富山県にある。物理的な距離が、どうしても日常使いを許してくれない。だからこそ、関東でその代替、いや、肩を並べる存在を探している自分がいる。今日はその探索行の、ひとつの通過点だった。 店内に足を踏み入れた瞬間、鼻腔をくすぐる煮干しの香りが迎えてくれる。派手ではないが、誤魔化しのない匂い。内装は煮干し特有の荒々しさをあえて抑え込んでいるようにも感じられた。注文は迷わず「濃厚煮干しラーメン・中」。ここに来て、様子見という選択肢はない。 待つこと10分足らず。着丼。丼から立ち上る湯気の奥に、深いグレーがかったスープが見える。まずは一口。煮干しの旨味はしっかりと取られているが、角がなく、実に上品だ。雑味を丁寧に削ぎ落とし、都会的に整えられた煮干し。これはこれで完成度が高い。麺も良い。スープをきちんと受け止め、煮干しの余韻を伸ばしてくれる。 しかし、どうしても記憶が横切る。富山でひいきにしている二軒、はねるやと貪瞋痴。あの圧倒的な煮干しの密度、逃げ場のない旨味の直撃感。正直に言えば、煮干しという一点においては、そちらに軍配を上げざるを得ない。大宮という立地、この距離をわざわざ越えて食べに来る一杯かと問われれば、答えは少し慎重になる。 それでも、このラーメンには確かな価値がある。雑味がなく、食後に重さが残らない。気分が沈んだ日、少しだけ自分を持ち上げたいとき、近くに用事があったなら、思い出して足が向く味だ。並ぶ理由も、納得できる。 ラーメンは記憶と結びつく食べ物だと思う。土地、気温、待ち時間、そしてその時の心の状態。この店の一杯は、「埼玉の昼下がりに、階段で待った」という情景と一緒に、きっと長く残る。突出してはいない。だが、確実に気分を上向かせてくれる。そんなラーメンが、ここにはある。