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2025/07訪問
1回
日曜11:06到着 店内待ち4人 11:38退店 ある程度並ぶかな〜と覚悟していただけに、めちゃくちゃ早く食べて退店できたことに驚き!嬉しい誤算。 注文は「汁なし(ノーマル)/ちぢれ麺300g/ヤサイ普通/ニンニクマシ/アブラマシ/」で1,130円。 着丼した瞬間、まず見た目、香りが抜群に良い!てかほんとに300gか?と思うほどデカかった。 ニンニクの盛りも嬉しい。ただアブラマシでこれか〜とそこは少し期待はずれ。マシマシが廃止されたのが心底残念。 まずヤサイとアブラ少し、豚少しをいただく。 ヤサイはかなりシャキ!お湯で茹でただけのようで味はないのでアブラと豚をかなり消費してしまう。でもまあ美味しい。ますますアブラをマシマシにさせてほしい。 そのアブラは所謂味付きアブラのあの味。文句なし。豚は固めのおそらくウデ肉。見た目は関内二郎あたりと似ているがクオリティは異なりそれなり。でもまあ及第点かな! ある程度上を崩したところでまぜまぜ。いよいよ麺をいただく。 期待の持てる極太ちぢれ麺をこれでもかとほおばる。小麦の香りと混ざり合うはカエシや豚だし、化学調味料などのパンチのあるうまみと塩分と油分、そしてそれらを厚くコーティングしているのはマヨネーズや酢の酸味。 美味しくはあったのだが、この酸味はあまり好みではなかった。汁なしでマヨネーズタレというと千里眼の冷やし中華を思い浮かべる方が多いと思うが、あちらは冷えている分酸味がそこまで悪く作用しない。それに対してアツアツのこちらでは正直好みの味を醸し出していなかった。マヨネーズと酢は客側でお好みで入れる形をとらせてほしい。 そんな感じだったため、写真には撮っていないがブラックペッパーをめちゃくちゃ入れた。それはもう、めちゃくちゃ。するとなかなか美味しくなった!ラーメン荘系列など、汁なしが美味しいところは大抵マヨネーズではなくブラックペッパーがデフォで入っているものだと思うけどなぜそうしないのかはよくわからない。 色々言ったが、食べ進めていくたびに酸味にも慣れてかなり美味しく感じるようになっていった!満足度としてはかなり高い。ニコニコで退店。 また行く機会があれば次はラーメンを食べてみたい!あととにかくアブラマシマシを復活させてほしい。そしたら汁なしもリピありかも。
2025/09訪問
1回
金曜13:30頃伺うと中はガラガラ。 1人だが4人席に通され、人気らしいカツ丼を注文。 ほどなくして蓋がされた状態のカツ丼が到着。ビジュはかなりいい!細かく刻まれたかまぼこがなんともノスタルジック。 アツアツホカホカのカツ丼を、いざひとくち。 するといささか想像と違う味に驚き!カツは下味にかなり胡椒が効いたタイプで、豚肉の味は薄め。厚さも薄め。そして醤油と白だしベースの味付けが九州人の舌にはあまり合わない。砂糖もみりんも入れていないのだろうか、、、胡椒の件もありかなりしょっぱいというか辛いというか違和感モリモリのカツ丼であった。 まずくはなかったんだけどね。山口の人はこういうのが好きなのだろうか。これならカツカレーとかにしときゃよかったな。
2025/09訪問
1回
金曜14:30頃到着 外待ち3人 後ろの人で列切り宣言!あぶなかった!! 注文は冷まし中華ヤサイ少なめニンニクアブラ。 ラストロットは2人のみ。 ゆるりと着丼。 実に、実に、5年ぶり。感動の再会。 誇張抜きに流れそうになる涙を抑え、まずはヤサイとアブラをひとくち。 うまい。やはりここはうまい。アブラの甘み、うまみ、塩味、まさに至極の域。そしてクタヤサイはゆで汁により温もりと下味をまとっており、そのひと手間でアブラとの調和が段違いにレベルアップする。うまい二郎はヤサイとアブラだけで値千金の満足感を得られる。うまい。 さて、しかしここまでは普通のラーメンや汁なしと同じ。 感動を振り払い、ヤサイを8,9割食べたところでまぜまぜ。 いざ、麺!!!!!!! 頬張る。香る。咀嚼する。 その先は、感動が先だったか涙が先だったか覚えていない。 ああ、やはりここの冷まし中華は世に存在する食物の中で最もうまい。 この空間においてごま油の香りは飾り、まとめ役に過ぎず、主軸はアブラの甘み。そしてりんご酢?の甘酸味。 あとは何の魔法かわからないが、とにかくうまい。ここでしか食べられぬ味。舌が取れるのではと心配になるくらいうまい。 そして豚も十分なうまさ。なぜか麺の中にも隠れ豚がおり嬉しいサプライズ。はあ、幸せだ。 体感10秒で完食。名残惜しいが、これくらいの満腹感で退くのが丁度いい。 最後には店主さんよりありがとうございます〜またお待ちしてます〜の声。 必ず、また来ます。 うまさで涙が出たのは初めてかもしれない。 こんな幸せ、若いうちに味わえるだけ味わっておかねばならない。 大学の頃はひと夏に何度も来ていたが、社会人になって東京を離れてからは疎遠になっていた。 この先は毎年来ようと、心に決めた夏であった。