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夜の点数:4.5
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¥8,000~¥9,999 / 1人
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料理・味 -
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2025/09/16 更新
ドアを押した瞬間、湿った夜風の向こう側にあるはずのバンコクが、店内の温度と香りに置き換わって僕らの前に立ち現れた。レモングラスの青い香気、炒め油に溶けたニンニクの甘み、ナンプラーの潮っぽい気配。カウンター越しに「サワディーカー」と柔らかな声が落ちる。スタッフは皆タイ人らしく、厨房では中華鍋が火柱を吸い込み、金属の音を刻む。ここは「タイランド」。名は簡潔だが、器の中身はどこまでも濃い。
まずは仕事のパートナーとシンハーで乾杯する。泡は軽いのに、喉に当たるところで麦の芯がきちんと鳴る。ビールを迎えるための最初の皿に、青パパイヤのソムタムを頼んだ。臼で叩かれた唐辛子は直線的で、ライムの酸とタマリンドの甘酸っぱさがその刃を丸くする。千切りの果肉はまだ若く、硬質な歯触りが舌に拍子を与える。辛い、しかし止まらない。ビールがみるみる減るのは、料理の構成が正しい証拠だ。
続くパッタイは、甘さに逃げない。掌の熱で温まったライムを絞ると、米麺の輪郭が一段くっきりし、干し海老とピーナッツの香りが背骨になる。卵は絡めるだけに徹し、もったりさせない。強火のまま駆け抜けるタイの屋台の速度感が、そのまま皿の熱に写り込んでいる。ガパオは、名ばかりのバジル炒めでない。ホーリーバジルの辛香が立ち、粗く刻んだ鶏肉にナンプラーの塩が深度を与える。目玉焼きの縁はかりっと焦げ、黄身を崩すと全体がひとつの料理へと合流する。白飯の湯気に顔を近づけると、香りが一瞬甘くなるのが嬉しい。
トムヤムクンは、期待通りに混沌である。レモングラス、カー(ガランガル)、バイマックルーが三位で香りを支え、唐辛子の鋭さをココナツは一切手伝わない。澄み気味のスープに複数の光が差し込み、海老の殻から滲む甘みが、最後に静かな余韻を置いていく。辛・酸・塩の三角形が美しく均衡しているから、匙が止まらない。ここにだけは、話題を料理に譲る沈黙が生まれる。
そして締めのグリーンカレー。緑はやさしい色だが、油断は禁物だ。青唐辛子の芯は真っ直ぐで、ココナツミルクは盾ではなく媒介だ。鶏の旨味がスープに融け、タイ茄子が種の苦みで格を上げる。ジャスミンライスを浸せば、米自体に香りの回路が開き、匙とレンゲの往復に迷いがなくなる。甘さ、辛さ、香り、温度。どれもが半歩ずつ前に出て、互いを押し立てる。
細かなところが良い。スプーンは平たい金属で、麺も米も掬いやすい。卓上の砂糖・酢・ナンプラー・唐辛子、それぞれが「個別の主張」ではなく「微調整」のために用意されている。厨房から流れるタイポップスは控えめで、会話の余白を侵さない。スタッフの視線は常に客席の先を見ていて、水が減る前にグラスが満たされる。作り笑いではない、土地の体温のような笑顔がある。だからこちらも自然と頷きで返す。
二本目のビールはチャーンに替えた。麦の輪郭が少し丸く、辛味の皿に寄り添う包容力がある。仕事の話は次第に具体性を帯び、しかしどこか流れが滑らかだ。きっと舌が納得しているからだろう。良い店は、議論の角を一本ずつ削ぐ。ここはまさしくそういう店だ。
マンゴーと餅米のカオニャオ・マムアンで口を洗う。熟れた果実の香りに、ココナツの甘みが細く橋を架ける。炊き上げの加減が良く、粘りが重たくならない。辛さの旅は、こうしてふいに熱帯の夕暮れに着地する。
店名は「タイランド」。単純明快な旗を掲げながら、皿の精度は驚くほど緻密だ。ここには観光のタイではなく、生活のタイがある。強火の理、香草の秩序、塩と酸の節度。僕らはグラスを合わせ、泡の弾ける音を合図に再び箸を進める。仕事のパートナーと二人、腹ではなく心の方が先に満たされていくのを感じた。遠くへ行かなくても、旅は始められる。今夜、その方法をこの店が教えてくれた。再訪確定。