「東京都」で検索しました。
1~20 件を表示 / 全 91 件
SUGALABO|東京フレンチの安定した天井感 今回のSUGALABOは、季節の流れをきれいにまとめたコース構成。量はしっかりあるのに重さを感じず、後半までテンポよく進む“食べ応えのある”タイプ。ただ無駄に派手な演出はなく、終始落ち着いた精度で積み上げていく、まさにこの店らしいフレンチ。 須賀洋介シェフがロブション時代から培ってきた「正確さ・清潔さ・処理の端正さ」が、今回のメニューでもはっきり出ている。季節感の拾い方が過不足なく、火入れの圧も強すぎない。各地の素材を無理なく繋げ、今季の流れとして自然にまとまっている。 ■ 冒頭のスープ 最初の一皿は、非常に澄んだ上湯。味わいは静かだが厚みが自然で、真鯛の外腹の柔らかさとタプナードが馴染む。指橙を少量加えると酸味が輪郭を整え、皿全体が明るくなる。 続く火腿飯は、現在日本で食べられるものの中でもトップクラス。極薄の火腿の下に温かな米飯を忍ばせる構成で、一口目から旨味と米の甘さの調和が際立つ。塩味のキレ、香りのドライ感、どれも冗長さがなく、コースの中でも存在感が強い一段。 ■ 仙鳳趾 状態が非常に良く、甘みが凝縮。海胆が薄いジュレ状にまとい、舌に乗せた瞬間の軽さが心地よい。 ■ 松葉蟹の椀物 懐石のロジックを丁寧に踏んだ一皿。澄んだスープに層があり、三関芹を天ぷらに仕立てることで香りがさらに明確に出る。今回のコースで最も光った場面の一つ。 その後の魚料理は温度が柔らかく、スープの底が静かに清い。白松露は爽やかさを過剰にせず、貝類とのバランスが整っている。 ■ 主菜:長洲和牛 火入れは直球で、素材の質の良さがそのまま伝わる。百合根の清潔な甘さが主菜の輪郭を締め、季節感の輪がきれいに収束。長洲牛の香りは素直、噛むほど味が深まる。 招牌の咖哩は相変わらず可愛い存在。デザートの柑橘はLa Franceの香りをきれいに繋ぎ、締めとして過不足ない構成。 ■ 総評 非常に“典型的なSUGALABO”。劇場性は追わず、装飾で押す店でもない。 各パートの密度と火入れの安定感、素材の温度感をすべて一定の基準で保ち、最後まで静かに高い位置を維持する。 量はあるのに沈まず、“ちゃんと食べた”と“きれいに終わる”が両立したコース。まさに今季の天井板のような安定感。
2025/11訪問
1回
The Tabelog Award 2026 Gold 受賞店
食べログ 寿司 TOKYO 百名店 2025 選出店
水天宮前、人形町、茅場町/寿司
訪問:夜/おまかせ 食材の状態、熟成、仕事、握りのバランスまで全てが非常に安定しており、 「日本一」と言われる理由がよく分かる内容。 ● 白身は透明感が強く、旨味が静かに立ち上がるタイプ ● 光物は酸味のキレが良く、杉田らしい締めの精度 ● 焼き物は脂と香りのバランスが非常に良い ● トロは口当たりが柔らかく、後味が長く続く ● 玉子は甘味控えめでふんわり、締めとして完璧 派手さよりも“完成度”を重視した江戸前寿司。 一貫ごとの満足度が高く、全体の流れも非常に滑らか。 金牌の看板にふさわしい実力を感じた。
2025/11訪問
1回
昨晩は山崎へ。 演出を感じさせる板前というより、 静かに動き続けている厨房に身を置いているような時間だった。 炭火の気配が常にあり、 会話も所作も控えめで、 全体に流れる空気がとても落ち着いている。 印象に強く残ったのは、二つの粥と最後のデザート。 白子粥 白子の存在を前に出すというより、 完全に米と一体化させた仕上がり。 口に入れると、まず温度、 そのあとに底の方からほのかに立ち上がる炭火の香りを感じる。 脂はあるが重さはなく、 最後まで崩れないバランス。 一つの料理として完成している粥だった。 人生で印象に残る白子粥。 中盤の蟹は甘さを強調しすぎず、 海の輪郭が残るような味わい。 炸鳕鱼と山椒は短い一皿だが、 味覚の流れを自然に切り替えてくれる存在。 松葉蟹粥 白子粥とは対照的に、 こちらは軽やかで澄んだ印象。 蟹の旨味が素直に広がり、 全体をゆっくりと落ち着かせてくれる。 この一杯で、食事がきちんと終わったと感じられた。 白トリュフのアイスクリーム 甘さは控えめで、 口に入るとすぐに溶けていく。 添えられたウイスキーと合わせることで、 トリュフの香りがより乾いた印象になり、 温度の対比がとても美しい。 強く主張しないが、記憶に残るデザート。 人生で印象に残るアイスクリーム。 食べている最中は穏やかで、 派手さはない。 ただ、店を出たあとに、 少しずつ輪郭がはっきりしてくるような一夜だった。
2025/12訪問
1回
カウンターで食べる天ぷらは、味よりもまずリズムが印象に残った。 油の音が静かに立ち上がるところから始まり、揚げは終始軽い。 衣は薄く、油は外側にだけ留まっていて、素材の輪郭を邪魔しない。 重さを感じさせないまま、コースがきれいに進んでいく。 最初のハトシは、外側が軽く、中の海老の甘みが後から出てくる。 続く海老は二尾。塩で食べたときの輪郭のはっきりした甘さと、天つゆに替えたときの収まり方、その違いが分かりやすい。 野菜と白身魚の流れも静か。 茄子は水分がきちんと残り、キスは軽くほどける。 椎茸は中から香りが出てくるタイプで、強調しすぎない仕上がり。 蛤は清い旨味、しらうおはほとんど重さを感じない。 その後にブロッコリー、山菜が入り、味の方向が一度植物側に戻されるのも心地いい。 帆立は火入れが軽く、甘みは後半に。 牡丹海老は一尾はそのまま、一尾は醤油でどちらも無理に主張せず、自然に終わる。 百合根で一息入り、穴子は崩し揚げで締まる。外は散っていて、中に密度がある。 食事は明太子、白子天丼、天丼、天茶の順。 前半が抑えられている分、明太子の塩味だけがはっきりと印象に残り、最後は天茶で静かに収束する。 全体として、油は使われているが重さは残らない。 派手さよりも、揚げの薄さと温度管理で最後まで気持ちよく食べ切れる一軒。
2026/01訪問
1回
鰻料理には、記憶に残る「味」の店と、記憶に残る「構造」の店がある。 参宮橋の「あさや」は、明らかに後者だった。 コースは鰻を軸に展開されるが、いわゆる“定型解”に留まる皿はほとんどない。 最初から最後まで、火入れ、油脂、酸、温度、その配分が一貫して設計されている。 序盤は静かに始まる。 京都の海老芋を使った粕汁がリズムを整え、鰻の出汁は前に出すぎない。酒粕の香りも誇張せず、ただ食事の速度を落とすための一皿として機能している。 唐揚げにした鰻を用いた飯蒸しでは、油を“主役”にしない判断が明確だ。 揚げた鰻の脂は米に委ねられ、再蒸しによって輪郭が丸くなる。芹や山菜はあくまで香りの補助で、位置を奪わない。 天草産の鰻皮を使った和え物は、「鮮」を強調しない構成。 皮のゼラチン質、酢味噌の酸は冷静に制御され、何を残し、何を抑えるかという判断がはっきりしている。 静岡県産の鰻の刺身は、逆に非常に直接的だ。 半透明の身、繊維の明瞭さ。説明はなく、処理された状態をそのまま提示する。好き嫌いは分かれるが、良し悪しは曖昧にならない。 鰻肝と奈良漬の組み合わせは、伝統の延長線上にある一皿。 苦味は調整され、甘さは控えめ。厚みのある構成だが、説得しにこない。 玉子焼きは特に印象的だった。 甘くせず、出しゃばらず、ただ鰻の存在を支える。口当たりは完結していて、脂の余韻もここで一度リセットされる。 流れを変えたのは、酸味を効かせた鰻の一皿。 一口で油がほどけ、重さが再配分される瞬間がはっきりと分かる。 「鰻は重い」という前提が、ここで更新される。 北京ダックの構造を借用した鰻巻きは、この日の記憶点。 薄皮で包み、高温で閉じ込め、噛んだ瞬間に内部が弾ける。 味の模倣ではなく、「巻く・封じる・爆ぜる」という構造の転用。その判断が鋭い。 後半は一切緩まない。 姿焼きは山椒味噌で火入れが明確。 天然鰻と養殖鰻の白焼きの対比も、誤魔化しがない。 最後の鰻丼は、静岡産。 関東と関西、それぞれ半分ずつ。一椀の中で、締まりと広がりの差を体感させる。 どちらが優れているかを語るためではなく、違いを確認させるための構成だ。 椀、漬物で収束し、甘味は最後に静かに置かれる。 金柑の蜜煮と水羊羹。余韻を引き延ばさず、きちんと終わらせる。 振り返ると、すべての料理が成立している。 だが本当に残るのは、味ではなく「判断」と「構造」。 ここでは、鰻が一度きちんと扱われている。
2026/01訪問
1回
全体として、非常にクラシックなフランス料理の構成。 流行りの軽さやモダンな解釈を狙うというより、王道の組み立てを丁寧に積み上げるタイプのコース。 最初のコンソメが印象的で、味わいはとてもクリアだが、しっかりとした旨味がある。 余計な油脂や塩味に頼らず、ベースの完成度の高さがよく分かる一皿。 ブルーオマールと白トリュフの一皿は、この日のコースの軸。 火入れは正確で、ソースも存在感はあるが過剰ではない。 クラシックな米と茸の組み合わせで、全体的に重心は低め、食べ応えのある構成。 メインの青森産鴨も非常に伝統的。 胸肉と腿肉、フォアグラ、黒トリュフという組み合わせで、ソースはやや濃厚だがバランスは取れている。 量もきちんとあり、満足感は高い。 この日はシェフ不在だったが、料理の精度やサービスの流れに大きな差は感じなかった。 キッチン全体としての完成度が高く、チームとして成熟している印象。 デザートは見た目に反して甘さは控えめ。 種類も豊富で、最後のワゴンまで含めて選ぶ楽しさがある。 同価格帯での比較では、こちらの方がはるかに納得感が高い。 クラシックなフランス料理を、しっかり食べたい人にはおすすめできる一軒。
2025/12訪問
1回
今回のコースは、軽やかな冬の構成に、わずかに中式のニュアンスを織り交ぜた内容。香り・温度・酸味の線が非常に整っており、過度に印象を作らず、全体の完成度で魅せるタイプ。 序盤の熟成芝士戈吉尔は安定した軽さ。胡萝卜汤は素材の甘味を素直に引き出し、小龙虾の旨味も控えめに補強。沙丁鱼分层は酸味・塩味・香草のバランスが良く、冬のコースの中でも特に完成度が高い一皿。 白身魚の薄切りは透明感のある仕上げで、酸味の角の取り方が上手い。金目鲷は火入れが非常に正確で、脂の旨味を残しながらも全体の印象は軽い。 白子に黒松露を合わせた皿は、冬らしい質感のまとめ方。白子の甘味を壊さず、ソースの厚みも控えめ。静かだが、確実にレベルの高さを感じる一段。 芝士×魚卵の皿は、主菜前の橋渡しとして優秀。味の密度を調整し、コースに緩急を付けている。 今回特徴的だったのは、主菜の家禽を二段で構成していた点。 鶏翅は中式の清らかな旨味を思わせる仕上げで、香りの方向性がわずかに広がっている。ソースの使い方も控えめで、構造で魅せるタイプ。 続く鶏胸は皮目の火入れ・焦香の作り方が正確で、根菜との味の重ね方も自然。二段構成でありながら冗長さがなく、むしろ構成の整理が良い。 パンと発酵バターは相変わらずレベルが高く、酸味・香りともにコースの中で重要な役割を果たしていた。 デザートは柑橘の軽さから栗の柔らかな甘味へ。最後まで過剰な演出がなく、静かにまとまる終わり方。 総じて、冬らしい密度と軽さの両立が印象的。明確なピークを作らず、全皿を均質に整える設計。わずかに混ぜ込まれた中式ニュアンスも自然で、方向性に無理がない。安定度が非常に高いコース。
2025/12訪問
1回
今夜は東京の懐石料理の名店 末冨へ。 こちらは一般公開の予約手段がなく、時折 Tableall にわずかな枠が出る程度で、訪れる機会はまさに「ご縁」という言葉がふさわしいお店です。 11月のテーマは 蟹と河豚。 最初に供されたのは栗の椀物。ほっくりとした甘味がやさしく広がり、秋の始まりを感じさせる一品。続く柿の料理は、外側がひんやり、内側は半凝固のような食感で、甘みと酸味が静かにほどけていく繊細な味わいでした。 その後の料理はどれも旨味の層が丁寧に重なり、 松葉蟹の澄まし汁は黄金色で、ひと口で深い甘味が喉の奥まで伸びていくよう。 炭火で軽く焦がした河豚の白子は、外は香ばしく中はとろりと濃厚で、思わず言葉を失うおいしさ。 そして主役ともいえる すっぽん焼き は、旨味が凝縮された濃厚な煮詰めのような味わいで、静かに余韻が続きました。 店内は落ち着いた空気が流れ、器や所作の一つひとつが秋の夜を描くよう。 誰もが自然と声を潜め、スマートフォンを触る人もおらず、 ただ料理と向き合う時間がゆっくりと流れていきます。 京都の懐石が「詩」だとすれば、 末冨の懐石は秋に寄せた「散文」のよう。 抑制と静けさの中に、確かな余情と深みがありました。
2025/11訪問
1回
港式料理 鴻禧に初めて訪問。雰囲気は落ち着いていて、サービスも丁寧。 特に印象に残ったのは点心で、皮はもちもち、中身はしっかり味がついていて満足感あり。叉焼や海老などの具材も新鮮で、バランスが良い。 料理のクオリティは米其林一つ星にふさわしく、味も見た目も楽しめる。量もほどよく、一人でも気軽に訪れやすい。 次回は他のメニューも試してみたい。
2025/09訪問
1回
初訪。 全体を通して、強い印象を残す一皿があるというより、 順序と温度、時間の使い方が非常に丁寧に設計されたコースだと感じた。 冒頭は水出しの緑茶と明日葉茶。 いきなり味を取りに行かず、口の状態を静かに整える導入が印象的。 続く軍鶏のブロードは36時間火を入れているが、 濃さを誇示することなく、構造だけが残る仕上がり。 牡丹海老と百合根、Taggiascaオリーブの組み合わせは、 甘みと油脂の輪郭がはっきりしており、 北イタリア的な方向性が自然に伝わってくる。 白甘鯛の藁焼きや広田湾の牡蠣(低温・ソットオーリオ)も、 火や油を前に出さず、素材の質感を整理する意図が感じられた。 中盤、赤ワインに切り替わってからの流れがとても安定している。 大間マグロと黒トリュフは香りが後半に残り、 手打ちのフィットチーネがその余韻を引き伸ばす。 矢澤牛フィレは火入れがタイトで、 菊芋の添え方も甘みに頼らず、きれいな着地点を作っていた。 後半の生ハムの構成がこの日のハイライト。 種類の多さではなく、厚みや切り方、咀嚼時間の違いを体感させる構成で、 比較として非常に分かりやすい。 一部を手に取らせる演出も、説明以上に説得力があった。 最後は無理に印象を残さず、 お茶と果実で静かに終わる流れ。 派手さや即効性のある分かりやすさはないが、 一通り食べ終えた後に完成度を実感するタイプのレストラン。 料理、ペアリングともに一貫性があり、 時間をかけて向き合いたい一軒だと思う。
2026/01訪問
1回
東京・日本橋 Mandarin Oriental Tokyo 38階にある The Pizza Bar on 38th。 全8席のカウンターで、ピッツァをおまかせスタイルで提供。 2023〜2025年にかけて Asia’s Best Pizza No.1 に選ばれ、 今年は 50 Top Pizza World 2025 にて世界第2位を獲得。 目の前で生地を伸ばし、窯に入れてからの数十秒。 炎の音と香ばしい匂いに包まれる時間は、この店ならでは。 軽やかな生地、トマトの酸味とチーズのバランスが見事で、 一枚ごとに完成度の高さを感じる。 ピッツァというより、一つの料理体験。 予約困難なのも納得の一軒。
2025/10訪問
1回
一皿ずつ、素材と状態を確認しながら組み立てられているコース。 最初のスープが非常に良い。 鹿肉と牛テールを軸に、ポルチーニとモリーユ茸の旨味が澄んだ形で重なり、 濃さに頼らず余韻だけを残す。口の中がきれいに整う導入。 氷見の寒鰤は脂の質が良く、 自家製トマトの酸と菜の花のほろ苦さで輪郭が明確。 重さを感じさせないバランス。 伝助穴子は菊芋と合わせ、ラルドは香りを添える程度。 脂を主張させず、甘みだけを伸ばす使い方が的確。 生ハム包みのご飯には雪椿米。 米の存在感があり、コースの中で良い緩衝になっている。 メインは東京ビーフのヒレ。 火入れが素直で、ソースに頼らず肉の味が前に出る。 生ハムは実際には28ヶ月熟成。 塩味よりも溶けの良さが印象的で、切りも非常に薄い。 「Pellよりこちらの方が好みかもしれない」と伝えたところ、 その後さりげなく少し多めに切って出してくれた。 味覚の話を受け取ってくれる距離感が心地よい。 パスタは三種構成。 軽快なものから、旨味を重ねたもの、 最後は牛テールのニュアンスで自然とペースが落ちる。 デザートは焙じ茶のニュアンスを含んだピスタチオのジェラート。 甘さを抑えた、静かな締め。 派手さはないが、 熟成、脂肪、温度、切り方、その日の状態を丁寧に見ている店。 この完成度なら4.3は妥当。
2026/01訪問
1回
この日は現在の状態を確認する目的での再訪。 鶏の品質自体は相変わらず高く、 火入れも安定しており、大きな破綻は見られない。 コース全体としては非常に整っており、 提供の流れもスムーズ。 一方で、味の方向性はかなり保守的になった印象。 皮・肉・脂・火の要素は揃っているが、 それぞれの主張は控えめで、 以前感じていたような緊張感や引っかかりは少ない。 この日の中で最も印象に残ったのは 薪焼きの肩胛部位。 脂の出方と火感が明確で、 余計な操作を感じさせない素直な一串だった。 その他の串・料理は総じて完成度は高いものの、 驚きや意外性は少なく、 「よく出来ている」という評価に収まる内容。 食事の後半は自然な流れで 鶏そぼろご飯を複数回追加。 薪の香りが残る空気感の中で食べるご飯は心地よく、この店の“今”を象徴する一幕だったように思う。 現時点では、 完成された型を丁寧に再現している段階という印象。 今後どのように個性が立ち上がってくるかは、 もう少し時間を見たい。
2025/12訪問
1回
L’Effervescence(レフェルヴェソンス)/西麻布 西麻布の閑静な通りに佇む、季節と自然を映すガストロノミー。 生江史伸シェフが紡ぐ料理は、一見シンプルながら、素材の香りや食感の重なり方が非常に繊細。フランス料理の技法を軸にしつつ、日本の風土や野菜の力強さがしっかりと感じられる。 米ミシュランガイドでは三つ星とグリーンスターを獲得し、Asia’s 100 Best Restaurants 2025 No.69にもランクイン。 華美さではなく「静けさ」と「余韻」で語る一軒。 一皿ごとに生まれる間(ま)と空気感が心地よく、食後の余白まで美しい。
2025/10訪問
1回
六本木にある「美会(Bia)」を訪問。 タイ料理の香料の豊かさと、日本料理の丁寧な技法が絶妙に融合しており、酸・甘・辛・旨のバランスが完璧。 全日本ランキング上位のタイ料理店で、 食べログ Silver Award 受賞、創作料理百名店入選。 さらに、世界的に著名なシェフ、ミシュラン三つ星レストラン El Bulli の Ferran Adrià 氏も来店し、日×タイ融合のコンセプトを高く評価。 派手さはないが、食べるたびに驚きと発見がある料理。 香茅の香りが印象的で、まるで味覚で感じる東京の詩のよう。
2025/10訪問
1回
銀座の定番、Esquisse。 「Asia’s 50 Best Restaurants No.67」というランキングは、あくまで軽やかな注釈のようなもの。 ここには和風の繊細さはなく、南フランスの素朴な誠実さがある。シェフの香りのコントロールは絶妙で、料理は口に入る前からその香りで魅了される。味の集中度と層の深さは、確かに三つ星に匹敵する。 特におすすめは、九州産の牛肉に赤ワインソースを合わせた一品と、自家製のパン。どちらも料理と完璧に調和し、一口ごとに余韻が広がる。 店内はシンプルで、器も控えめ。だがそのおかげで、料理に全神経を集中できる。この、東京では珍しい素朴な自信が魅力だ。
2025/10訪問
1回
派手さはないが、料理の軸ははっきりしている。 前半は静かに始まる。 揚げ物は締まりがよく、冷製の一皿では紹興酒の香りが輪郭だけを残す。 茶碗蒸しは豚と鶏の出汁が太く、そこに蟹の風味とわずかな生臭さが重なる。ここは迎合せず、素材感をそのまま出している印象。 印象が決定的に変わるのは火を使った料理から。 野菜炒めは明確に強火。葛芋の切り口は清脆で、油は表面に留まり、食感が崩れない。 この一皿で、この店が「盛り付け」ではなく「火加減」で勝負していることが伝わってくる。 フカヒレとご飯の組み合わせも同様で、餡を厚くせず、味を米に乗せる構成。 米の状態が非常に良く、粒立ちと吸味のバランスが印象に残る。 主食は続けて供される。 タイ米を使った炒飯は高火力ながら乾かず、粒が立つ。 ベビー白菜と昆布バターのパスタは旨味が丸く、過度に主張しない。 上湯麺、白子麻婆も含め、いずれも「完成させすぎない」距離感がある。 デザートでは遊び心も見せる。 灰色の餅菓子には弾ける要素が仕込まれ、最後の糯米団子は焼き餃子のイメージを借りながら、中は生チョコレート。紹興酒の余韻を残し、台湾の玉露紅茶で静かに終わる。 重い一皿で記憶に残すタイプの店ではない。 しかし、灶前の火を中心に組み立てられた流れは一貫しており、 フカヒレとご飯、強火の野菜、炒飯といった“火の料理”が最も印象に残った。
2026/01訪問
1回
この日のコースで、はっきりと記しておきたいのは 三皿だけ。 理由は単純で、 それらが 長谷川稔 本人の手による料理だったから。 現在、長谷川氏が現場に立つことはほとんどない。 多くの場合、その名は背景にあり、料理そのものが前に出る。 だからこそ、この三皿の存在は明確だった。 まず、麻婆茄子。 いわゆる再構築やフュージョンではない。 油、香り、辛味の輪郭だけを残し、 余計な説明をすべて削ぎ落とした一皿。 主張は強くないが、手の位置がはっきり分かる。 次に、白子のパスタ。 この日の中で、唯一“実験”と呼べる料理。 白子は具材ではなくソースとして扱われ、 そこに蛤の出汁が重なる。 厚みはあるが騒がしくなく、 静かに奥行きだけが残る。 そして、すき焼き。 ここでは何も変えられない。 甘さ、脂、記憶、そのまま。 解釈を加えないという判断そのものが、 強い意志として伝わってくる。 この三皿に共通しているのは、 技巧を見せないことでも、新しさを強調しないことでもなく、 **「ここで自分が手を出す理由が明確である」**という点。 それ以外の料理は、 この三皿を正しく食べさせるための流れとして、 きちんと機能していた。 派手さはない。 だが、 封勺に近い今だからこそ成立する距離感と密度があった。
2026/01訪問
1回
石川大将が握る副板。食材の選択から下処理まで本板と同じ基準で運用されており、全体の流れに一切の無駄がない。前半のつまみは端正で、素材の輪郭をきちんと見せる構成。雪蟹の旨味、鰤の軽い漬け、のどぐろの火入れなど、一品ごとに精度が高い。 握りに入ると、石川大将の持ち味がより明確。蝶魚で軽く口を開き、鰤から小肌への移行は自然で、リズムが良い。中腹・大腹のトロは脂のキレがよく、赤身とのコントラストも美しい。動きが速いのに雑味が出ず、手元が非常に安定している。若手ながら、すでに独立しても成立する完成度を備えていると感じた。 副板という枠を前提にしても、全体の完成度は高く、本板との差はほとんど意識しない。素材・技術・構成の三点がしっかり揃った一貫性のあるコースだった。