「焼き鳥・串焼・鳥料理」で検索しました。
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金沢に一泊するついでに、せっかくだから地元で評判の良い店を探してみようと思い、 比較的予約が取りやすかった「BIRD」へ。 全てコース仕立てで、価格は7,000円ほど。内容を考えると驚くほどリーズナブル。 まず印象的だったのは、もも肉・むね肉・ぼんじりを通して伝わる、 シェフの鶏肉に対する理解の深さと焼きのセンス。 使用している鶏は脂の乗りがよく、焼き上がると表面がジュワッと輝き、 噛めば口いっぱいに脂の旨味が広がる。 この“爆油感”こそ、この店を評価したい最大の理由。 他の部位も丁寧に焼かれており、基本は塩焼きで勝負。 香ばしさと肉の旨味がしっかり際立ち、 全体として非常に完成度の高いコースだった。 金沢で焼き鳥といえば和風の静かな店が多い中、 ここは気取らず、素材の力で勝負する一軒。 味・価格・雰囲気のバランスが取れた良店として、ぜひ再訪したい。
2025/10訪問
1回
中国からの友人と新潟へ遊びに来たついでに、 前日に予約して伺った焼き鳥店「鳥長」。 最初に出てきたつくねから、いきなり心を掴まれた。 余計な香りが一切なく、 まさに鶏本来の旨味だけが真っ直ぐに伝わってくる。 ひと口噛めば、その純度の高さに思わず驚くほど。 串の焼き加減も見事で、 特に皮のサクサクとした歯ざわりは印象的。 肉はしっかりとした弾力があり、 噛んだ瞬間に溢れ出す肉汁が、 まるで「焼き鳥の幸福」という形をしているかのようだった。 素材、焼き、香り。 すべてが丁寧で、誠実。 新潟までわざわざ来た甲斐があると 素直に思える一軒だった。
2025/11訪問
1回
「本場の比内地鶏を食べたい」——その一心で、秋田市内から車で約1時間半かけて大館市の「秋田比内や」へ。 長距離を走った甲斐あって、ここでしか味わえない地鶏の旨味をしっかりと堪能できた。 比内地鶏の魅力は、やはりその肉質の締まりと弾力。 一口噛むたびに、歯を押し返すような張りと、内側からじんわりとあふれる旨味が広がる。 この食感の密度は、他の鶏ではなかなか味わえない。 特に印象的だったのは焼き鳥の肝と皮。 肝はねっとりとした舌触りで、濃厚ながらも嫌なクセがなく、後味が非常に上品。 一方の皮はしっかりと焼かれていて、外はパリッと、中は弾力があり、 噛むたびに脂の旨味がじゅわっと広がる。 全体として、地鶏の個性と職人の技がきちんと伝わる一軒。 秋田まで来たなら、ぜひ足を伸ばしてでも訪れる価値がある。 “鶏を食べる”というより、“鶏を味わう”体験をさせてくれる店だった。
2025/10訪問
1回
福島でYouTubeの撮影をしている途中、 偶然立ち寄った伊達市の看板を見て、 「せっかくなら伊達鶏を一度は味わってみよう」と思った。 夜、福島市内を歩きながら見つけたのが、この「鶏けん」という店である。 店内に入ると、炭火の匂いが静かに漂っていた。 備長炭の煙がわずかに揺れ、 そこに脂の甘い香りが混ざり合う。 焼き手は淡々と串を返し、その所作には華やかさこそないが、 どこか土地に根ざした料理人の誠実さが感じられた。 伊達鶏は柔らかく、噛むとほのかに弾力があり、 その肉質は福島の山風のように素朴で清らかだ。 炭の香りが皮目に移り、 ひと口でこの地域の空気を吸い込んだような気分になる。 ここはコース形式で、 客が「止めてください」と言うまで、 次々と串が焼かれ、運ばれてくる。 食べる者の腹具合よりも、 焼き手の呼吸で時間が進んでいくような不思議な感覚がある。 それがまた旅先の夜にはちょうどよく、 「もう少しだけ」と思わされる。 価格も手頃で、 旅の途中の夕食としては申し分ない一軒。 過度な演出もなければ、無駄な気取りもない。 ただ炭と鶏と、福島の夜がそこにあるだけだ。 旅人にとって、 こういう素直な味ほど心に長く残るのかもしれない。
2025/11訪問
1回
「焼き鳥が食べたい、でも鳥貴族や秋吉みたいな大衆チェーンには行きたくない」――そんな時にちょうど良いのが、この「鳥つき」だと思う。 ここでは鳥貴族のような親しみやすさや分かりやすい味わいを楽しみつつ、同時に「鳥しき」に通じるような上質さや雰囲気を味わえる。まさに両者の中間に位置する存在で、気軽さと格式感のバランスが絶妙。 焼き加減やタレの塩梅はきちんとしていて、居酒屋のノリでありながら、一品一品が粗雑にならず、接待にも使える落ち着いた雰囲気がある。仕事終わりに同僚や取引先と訪れても、「カジュアルだけど安っぽくない」という印象を与えられるのは大きな強みだろう。 総じて、「鳥貴族の味をそのままに、鳥しきの格を備える店」。これはまさに日本の社会人が求める“接待感”にぴったりハマる焼き鳥屋だと感じた。
2025/07訪問
1回
日本の最北端まで来ると、本当に「ここでしか食べられない絶品料理」に出会うのはなかなか難しい。街全体が小さく、夜になると料理人たちも早々に店を閉めてしまうため、飲食店はほとんど選択肢がない。観光客として歩いていても、どこか生活の温度を感じにくい街並みである。 そんな環境の中、吹雪のような雪道を歩きながら偶然見つけたのが、このジンギスカン焼肉店。暖簾をくぐった瞬間、外の冷気から解放されて、まるで雪の中で焚き火に出会ったような安心感を覚えた。 料理そのものはシンプルで、豪華さや繊細さを求めるものではない。だが、鉄板の上でラム肉がじゅうじゅうと音を立てる光景、立ち上る香ばしい匂い、そしてそれを頬張った時に広がる温かさ――この瞬間ばかりは「味わい」ではなく「命を繋ぐ喜び」として感じられる。 実際、味について細かく語るよりも、「雪深い北の街で、空腹を満たしてくれる店に出会えた」という事実自体が最高のご馳走だったと思う。 総じて、ここはグルメ目的というより、「厳しい自然の中で人間らしさを取り戻す」ための場所。極寒の旅路において、この一皿のジンギスカンは、確かに一筋の光となってくれた。
2025/03訪問
1回
2023/11訪問
1回
夜の神楽坂は、坂の上にも坂の下にも、 しんとした静けさが漂っている。 その一角、細い路地の奥に、一つだけ明るい灯が見えた。 近づくと、それは「焼き鳥 峠」という小さな店であった。 引き戸を開けると、外の静寂とは対照的に、 中は炭の音と笑い声が交錯している。 カウンターの奥には、無言で串を打ち、火を操る男がいた。 額の上には、炭の熱が淡く揺れている。 彼はまるで自分の城を守る武士のように、 一本一本を真剣に焼いていた。 塩味のみで焼かれる秋田の比内地鶏。 脂の香りがゆっくりと立ち上り、 それが店中の空気に溶けていく。 ねぎ間、かわ、せせり。 どれも塩の粒が肉の甘みを引き出し、 噛むたびに淡い旨味が滲む。 派手なタレのような即効性はないが、 時間をかけて心に沁みてくる。 焼きの終わりに、湯気立つ一碗の鶏スープが出された。 脂が静かに光り、湯の中に一日の余韻が溶けている。 口に含むと、すべての味が穏やかに融け合い、 まるで今日という日がここでひと区切りつくようだった。 外に出ると、坂の上の灯りが一層柔らかく見えた。 人は生きている限り、 こうした一杯の温もりに導かれて夜を歩いていくのだろう。